前のページへメニューに戻る




 「で?」
 「……腹が立ったんで、仮病で医務室に三日間篭城した」
 「大人げねー」
 「はは。士官学校生なんて、まだまだ子供だったさ」
 「心配、したろ。ヒューズちゅーさ」
 「ああ。しばらく炭酸飲む度に心配そうな顔をされたよ」
 「今では、そんな美味そうに飲むのにな」
 「だね」
 身体と口が慣れて、私が炭酸を好むようになってからは、もともと炭酸系が好きだった奴に、
色々な差し入れを貰ったものだ。
 東方司令部時代が一番顕著だったかもしれない。
 夏場には、ダース単位で送られてきた。 
 直接家に、がっつんと。
 軍部宛にしたら、一度、一本も私の口に入らなかった事があったからだ。
 まぁ、夏場の軍部に水の差し入れなんかしたら、そうなるのは目に見ええていただろうに。
 「ロイ?」
 「ん?」
 「アンタさ。やっぱし。ヒューズちゅーさの話すっと、イイ顔すんな」
 「そうかな?……そうかも、しれないね。あいつは、私のたった一人の親友だったから」
 共と呼ぶ人間は、数多居る。
 忙しいのを承知で、ヒューズを思い出すのを掌握して尚。
 同窓会の連絡を寄越す気の良い奴等も、いないではない。
 だが、親友と呼べるのはヒューズだけだ。
 これから先もきっと、奴より心を預けられる存在は現われないだろう。
 年経て手に入れる友人が貴重だとか、そういうのではなくて。
 奴とはたぶん。
 死の間際にあっても心を通わせただろうから。
 「死人には、勝てないって?」
 「口が悪いお子様だね」
 てぃっと、額を爪先ででこぴんしてやる。
 自覚はあったのだろう、でこぴんへの苦情はなかった。
 「それを言うなら。私は弟君には勝てないって一生言い続けなければならないね」
 「そりゃ、仕方ねー。兄弟だから」
 「同じだよ。仕方ない、奴は親友だから」
 「親友、かぁ」
 んーと、額の皺が深くなった。
 そういえば、彼には友人という存在がそもそもいるのだろうか。
 以前から聞いた事のある名前は、アル君、ウィンリィ嬢、育ての親に近いピナコ女史、
錬金術のイズミ氏ぐらいだろうか?
 彼ぐらいの年ならば、友人や悪友の話も出そうなものなのだが。
 「わからない?」
 「あーんー。たぶんウィンリィが近いんだろうけど。奴は異性だからな。あ。ちょっと違う気が
  する」
 「昔は、恋愛感情も持っていたし?」
 「うー。それ言うなよ。人体錬成の前の話じゃんか。錬成の後は、あいつは仲の良い幼馴染、
 もしくは気心知れた友人ってトコだ」
 その言葉に嘘はないのだろう。
 彼と彼女の間にある雰囲気は、家族の物に近い。
 ウィンリィ嬢には、直接言われた事があった。
 エドワードをどうか、よろしくお願いしますと。
 私にとって、彼は、とても大切な人ですから、と。
 彼女の中には、エドワードに対する未練めいたものも見えた気がしたが、私に告げることで、
恋情を友情に切り替えたに違いない。
 以降は、何くれとエドワードや私を気遣う手紙や贈り物を届けてくれる。
 「今、俺が恋愛感情を持ってるのは、ロイだけ」
 「私だって、君だけさ」
 「本当に?」
 「本当だ」
 じいっと瞳を覗き込んでくるので、微笑して、頬を包み込むながら額にキスをする。
 お返しは頬に、欲の色もなく穏やかに届いた。
 「ヒューズちゅーさも、愛してるんじゃないの?」
 「ははは。愛してはいないよ。ただ、愛より深いかもしれない、情はあるけれど」
 「情?」
 「そう、情」
 「……それって、愛じゃねーの?」
 「うん。違うね」
 「わっかんね」
 「……そうだね。まだ君にはわからないのかもしれない」
 愛なら、まだ良い。
 色々な形の愛があるけれど。
 基本的には、相手を思っての感情だ。
 ただし、情は愛よりも時々。
 己の思惑とは全く違う想いに捕らわれる。
 いっそ、愛だった方がマシだと思うほどに。
 「ロイ?」

 愛だったらきっと、思い出と共に風化させることも出来るのだろう。
 お前を、思い出す度に。
 何故、私を置いて逝った? と愚痴を溢してしまう事も、だんだんと減ってゆくはずだ。
 けれど、私はお前を愛してはいない。
 だから……私はきっと、永遠にお前に捕らわれたままだろうよ、まーす。
 「ちょ! どしたん!」
 何故かエドワードが、顔色を悪くして私の身体を揺さ振ってくる。
 その表情が、酷く歪んで見えた。
 「どうも、しないけど」
 「ってー顔じゃねぇんだったよ。馬鹿。んな、虚ろな眼で。泣くな」
 「泣くな?」
 言われて、眦に指先をあてる。
 涙は既に、頬を伝うほどに溢れていた。
 「私は、泣いているんだ……」
 ヒューズを思い出したから。
 優しかった奴を聖域にまで持ち上げて、祭り上げてしまうから。
 聖域には、誰も入り込めないから。
 そう。
 作った私自身でさえも。
 
 私の手は、奴に。
 永遠に、届かないのだ。

 涙で歪んだ視界の向こう。
 鮮やかに笑うヒューズの幻が映る。
 私は、幻のヒューズなど欲しくはなかった。
 現実の、ヒューズしかいらない。

 「エド……」
 「んだよ」
 「抱き締めて。ぎゅうっと」
 「……おぅ」
 聡い子だから、きっと。
 私がヒューズに関する思考の闇に捕らわれて、泣き出してしまったのだとわかってくれて
いる。
 望みどおり抱き締めて、あやすように背中をぽんぽんと優しく叩く仕草は、寛容な恋人の
見本のようだ。
 「少しだけ、泣かせて」
 「幾らでも、泣いとけ」
 男前な恋人の優しさに甘えて。
 私は、束の間。
 奴だけを思い出して、幼い子供のように泣きじゃくった。




                                                      END



 
 *タイトルに振り回された感じがします。
  涙自体が幻なのか、涙が見せる幻なのか。
  こっちは、後者で。
  モヒトツは、前者で仕上げる予定です。
  男前な年下攻めも、ヘタレな年下攻めも好物で困ります。
                                                   2009/03/21





                                         前のページへメニューに戻る
                                             
                                             ホームに戻る