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 そんな情報が頭の中へ流れてきた時も、あったような気がするから。
 月が満ちれば僕はまた。
 神の身体に否応無しに取り込まれてしまうだろう。
 今のようにこうして、己の意識を保っていられる時間は多くは無い。
 加納さんが僕を信じて捜し続けてくれた月日に報いる為に。
 何より僕が、加納さんに会いたいから。
 『詳しい時間は当日に連絡をするよ。新月期だから、君の意識は解放されていると思うし』
 「はい……待ってます。僕も弱点がわかり次第連絡をします」
 『無理をしてはいけないよ』
 「それは、僕のセリフですよ。加納さん」
 漏れ聞こえる微苦笑。
 貴方は僕を取り戻す為に、どれほどの無茶をしてきたのだろう。
 会って、詫びて。
 そう、直接抱き締めて、お礼したい。
 『では、また。絶対に君を取り戻せると、信じている』
 「僕も、信じます」
 まずは、そこから始めよう。

 名残惜しさはあったが、僕はそこで故意に己の意思を断ち切った。
 神の意識と同化して、情報を得る為に。
 僕を常に抱えられるように、開かれた腕に収まる。
 腰に回された腕に、自分のそれを絡めれば、意識の無いままに、ぴしゃんと尻尾が跳ねて。
 まるで僕の肌の感触を楽しむように、絡め返された指先が、僕を離さないようにときつく締
まった。
 例えば、神が、僕の力ではなく。
 僕自身を必要としていて。
 更に、向こう側の世界の人達に危害を加えないと誓ってくれたなら。
 ここで永遠に。
 生贄として、閉じ込められてたままでも良かった。
 大切な人達が、平穏な日々を過ごせるのならば、僕一人の犠牲はどうでもいいのだ。
 でも、神は僕の力だけを欲しがり。
 大切な人達を苦しめ続けるだけ。
 
 それならば、僕は。
 貴方に、牙を剥こう。
 
 神は、息絶える瞬間まで、僕の裏切りを理解していなかったようだ。
 たった一人その残虐性を恐れられて、長く。
 長く封じられてきた、神。
 流れてくる記憶の中、同情できる部分がなかったわけでもない。
 千年の孤独。
 長い孤独は人どころか、神すらをも変えたのだろう。
 僕を、心の底から信じるなんて。

 己の意思を微かに保ちながら、神の弱点が探って。
 どうにか唯一に等しい弱点が、僕を抱き包んでいた翼なのだと伝えられたのは、決戦の一
時間前。
 よく、準備してくれたと思う。

 神から、この世界を護る為に。
 いや、そんなご大層なお題目は意味を成さないだろう。
 集まっていた人間はきっと。
 自分が護る誰かを、何とかして生き長らえさせたかっただけなのだ。
 その願いの集大成が、今。
 奇跡を起こしたのだ。

 長く。
 十年に渡って僕を拘束し続けていた腕が、離れてゆく。
 微かな寂寥感は、それだけ僕が神とシンクロしていたということか。
 血に塗れた翼は二本とももがれ、羽根を散らしながら水の中に浮かんでいる。
 何人もの人間を縊り殺した尾が、数度、空を打った。
 真っ赤な瞳が、ゆっくりと閉じられて。
 人の数倍あった体が、水の中に落下した。

 何か、微かな声のようなものが聞こえ。
 それもすぐに途絶えて。
 僕は神の死を知った。
 「加納先輩?」
 「どうした?」
 待ち焦がれた腕の中、優しく抱き締められて僕は、自分の確信を告げる。
 「神が死にました」
 「……そうか」
 側に居てくれた友人二人に、加納先輩が耳打ちをした。
 途端。
 須王と不破の時の声が同時に上がった。
 「「神は死んだぞ!」」
 うおーっつ!と地を揺るがすような歓声に包まれて、僕は呆気なく意識を失ってしまう。
 「久神っつ、く、がみ?どうした?……暁、人?あきとおおっつ!」
 血を吐くような叫びが聞こえて。
 僕は死んでゆくのではなくて。
 疲れただけなのだと、動かした唇は。
 言葉を伝えるまでには、いたらなかったようだった。

 「……ここ、は?」
 目を開ければそこには、どこかで見た天井が映っている。
 和風の綺麗な板の目だ。
 ゆっくりと身体を起こして、周りを見回す。
 品の良い和室。
 微かな香りは床の間に置かれている、お香だろうか。
 それとも、花瓶に生けられた白木蓮のものだろうか。
 十二畳はあるだろう和室の中央に引かれた蒲団の上。
 僕は目を覚ました。
 「加納、さん?」
 蒲団の隅。
 下の方に、綺麗な黒髪をした加納さんの寝姿があった。
 そっと髪の毛に手を伸ばす。
 何度か触れたことのある感触のまま、やわらかかった。
 「ん?」
 僕の髪の毛を撫ぜる気配に、どうやら目を覚ましたらしい加納さんは、習慣なのか、身体
を起こして僕の顔を覗き込んでくる。
 「…!…久神……」
 心底驚いたような瞳は、一瞬。
 すぐさま穏やかな色に戻る。




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