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 ついでに、彼に晶を引き止めるようにお願いして、彼が承諾したとしても、彼の協力者で恋人
でもある藤堂さんが、それを良しとしないだろう。
 ……とても、嫉妬深い方なので。

 碇シンジ君。
 晶の親友だった穂積閖子を、本人知らぬところで追い落として、朧月夜に次ぐ十六夜の称
号を持ってしまった少年は、生来の持つ引っ込みじあんな性格のせいか、果ては己を卑下
する性分のせいか。
 潜在能力ならば晶を上回るとされているその予知能力を、何年たっても使いこなす事が出
来ない。
 あれやこれやと同じ力を持つ晶が手助けしてやって、何となしに方向性を見出し始めてい
る所で、晶がその手を離すとは思わなかったのだが。
 やはり碇君の協力者である渚カヲル君の力が大きいのだろう。彼がいれば、もう大丈夫だ
と。そう判断してしまったのだ。

 綾波レイさん。
 南条さんが高城に来るまでは、唯一癒し系の称号である水の称号・露時雨を持っていた少女。
 その特異な生まれのせいか、もともとの性格所以か。
 誰にも依存せず。 
 されず。
 晶が高城学園には、特別な感情を擁く人間を誰一人として持っていなかった。
 友人と呼べる人間はおらず、それでも壊れた人々に縋られるままに数多の人間を淡々と癒し
てきた少女。
 彼女の何が心を動かしたのかはわからない。
 ただ、彼女の近くにあった人間ほど。
 彼女が晶に執着めいたものを持ち出したのを、愕然とした面持ちで認識したのだ。
 その変化は稀有、とまでいっても大袈裟ではなかったらしい。
 晶もまた、直江以外に特別な感情を持たなかったが、綾波さんに関しては自分が護らないと
壊れる存在。
 と、早々に認識して。
 例えば妹のように甘え、姉のように諭し、母のように無条件に癒しを与えていた。
 現時点において晶を通じて少しづつとはいえ、友好関係を結んでいった彼女の手をここで手
離すとは思っていなかったのだ。
 少なくとも彼女が、晶の代わりを手に入れるまでは、近くにいるだろうと踏んでいたのだが。
 綾波さんの側から離れなければ、己を保てないほどに、病んでいるというのだろうか。
 「後は月読さんが、晶を手離してくれるのを祈るしかねぇか」
 「本来彼女が誰かを側に置くなんてありえないですが……晶はきっと特別なんでしょうね」
 高城学園で最高の予知能力を持つ・月読。
 本名は長く伝えられていない。
 知る者があるとすれば、彼女を高城へ連れ込んだ理事長と関係者。
 月読が認めた実力の卓越した予見斎(よけんし)ぐらいだろう。
 百年とも、千年ともを生きていると噂されるその姿は白髪赤目。
 それも姿を見る事を許されている予見斎から伝え聞いただけに過ぎない。
 『穏やかで、とても美しい方ですよ。あれだけの能力を持ちながら永きに渡って正気を保って
 いらっしゃるのですから。それだけで最高の能力者といわれるだけのものはあると思っており
 ます』
 前に晶がそう、語ってくれた。
 高城学園に住まう前は、呪術を生業とする旧家に幽閉されていたらしい。
 今彼女が居るのは、高城学園でも数少ない例外の他は、立ち入りが禁止されている地区に
一人、住んでいる。
 幽閉と、どこが違うのかと思うのだが、それは彼女自身が望んだことだという。
 永く人の未来を見過ぎているから、余り人と係わり合いを持ちたくないというのが本音だろう。
 それでも彼女は、他の予見斎達を通して私達に、決して違えない予言を幾つも届けて寄越
すのだけれども。
 「誰よりも、予見斎が高城に必要なことを知ってらっしゃる方だからな。自分に匹敵する能力
を持つ晶を、死ぬまで側に置こうとは思われないだろう……たぶん」
 常に死の匂いが纏わりつく高城学園に届く数多の依頼が、最低限度の損害で遂行できるの
は、予見斎達が未来を読み、成功する手順を私達に提示してくれるからだ。
 「そうですね。ある一定期間。きっと晶の心が少しでも穏やかになったら解放してくださると
  は、私も思いますが……」
 月読が生きている時間の中で、晶といられる時間はとても短いものなのだろう。
 自分の能力を一部でも凌駕する晶の存在は、月読にとっても安らぎなのだ。
 度を越した能力を持つが故の孤独を、たった一人わかってくれた存在。
 ましてや晶が、月読の側を離れたくないと心のそこから願うのならば。
 晶が生きる短い時間を共に過ごそうと、判断されてしまったら、もう。
 私達には手が出せない。

 「まぁ。頭のイイ方だ。俺らの関知できる世界じゃない。それこそ祈るのみだ」
 祈りが、一体何を生むのだと考えていた時期もあった。
 恵まれた環境にいた私だったけれども、欲しい物を手に入れる為にたゆまない努力を重ね、
自分の満足行く形とは違ってしまったが。
 それでもかけがえのないモノを手にした。
 祈る、だけなら誰にでもできるが、それは。
 弱者の逃げだと思っていたのだ。
 晶が、壊れてゆく様をまざまざと見せ付けられ。
 自分が、周りが出来うる限りの最良を懸命に手配しても、止める気配すら見出せなかった瞬
間までは。

 祈るしか。
 それしかないのだろう状況は確かにあるのだ。

 「ま。後は俺らは日々最良と思える全てをし続けるのも忘れちゃなんないぜ。重ねの効果が、
  ひょんな効果を生む例もあるからな」
 「そうだな」
 「……珍しいなぁ。お前さんがこんなに無防備なんて」
 笑う草薙の顔が、すっと近付いた。
 私がこの位置まで人を近付けるなんて、そうそうない。
 たとえそれが、草薙相手でさえも。
 「ほら、スコーンのカスがついてんだよ」
 口の端に舌先が触れる、気配。
 今更避けるのも馬鹿らしいので、そのままにさせておくと。
 更に低い、微苦笑の気配の後。
 唇が塞がれた。
 「ん!」
 頭を抱え込むようにして、唇はより一層深く重ねられた。
 驚きに薄く開いてしまった唇から舌が入り込んできたので、思い切り噛んでやろうと、顎に力
を入れれば、そのまま顎を掌で以ってきつく固定されてしまった。
 「……なぁ……ぎっつ」
 まるで続きをねだっているような、甘えた声に自分でも驚きを禁じえない。
 口腔を丁寧になぞられて、膝ががくがく震えた。




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