真っ向から言われて絶句する私の、髪の毛を掻き上げた閣下は、何を考えておいでなのか、
私の額に唇をあてた。
興奮している身体に、その唇は驚くほどの、冷たさを与えてくれる。
「そんな甘い幼さも、気に入っているがね」
「……閣下」
「ほら、敵の姿が見えてきた。私が護衛はいらないといった意味が、直にわかるだろう。いいね、
ロイ君?自分の体と……心だけを守りなさい」
腰に斜めがけに刺してあった、二本目の剣が抜かれた。
抜かれたと、気がついたのは、刃が光を反射して眩しかったからだ。
何時、抜かれたのかもわからない、早業。
敵が銃を構えるのを見て、反射的に閣下の言葉通りに、己の身体を守るように炎をまとう。
身体に近い部分の温度は下げて、敵に近い個所の温度を上げる。
激戦でなければ己の炎で自分を焦がすこともない程度には、修羅場慣れしていたつもりだっ
たけれど。
閣下の戦闘には、目を見張った。
私の炎が銃弾を焼き尽くしている以上、数メートル先を歩く閣下には私よりもずっと多い数の
銃弾が撃ち込まれているはずなのだ。
それなのに、無数の弾丸が閣下の身体を掠める事は叶わなかった。
全て、剣で、弾丸を弾いているなど。
実際目の当たりにしたって信じられない。
剣が銃に勝ると思うか?
私の焔に、閣下の剣が勝てるはずがないのだ。
常識的に考えたのならば。
だけど、私は、閣下にだけは勝てる気がしない。
ち、ちち、ちっ、ちちちちち。
二本の剣が空を撫ぜるように踊る。
絶え間なく聞こえるのは、剣が弾丸を弾く音。
腕は二本。
操る剣は、二本。
名のに閣下は常時五本のサーベルを持っている。
何故なのかと、一度尋ねた時の、背筋が凍る返事。
『血肉がつくと、剣の切れが悪くなるからねぇ』
幾千ともしれぬ敵陣にたった一人で乗り込んでいった時も、持っていたのは五本のサーベル
だけだったという。
どんなに手入れを施した剣でも、一本で何人も切り捨てるのは難しい。
余程の技量があっても、剣の切れ味が鈍るのは否めないというのに。
たったの五本で、どうしたらそんなにも人が殺せるのか。
だいたい、今だってそうだ。
アレだけの弾丸を弾きながら、サーベルの刃には、刃こぼれ一つない。
「……人影が見えてきた。建物は残したいからね。できるだけピンスポットで頼むよ、ロイ君。
零れた敵は私が切って捨てるから」
「は」
見惚れている場合ではなかった。
私は閣下の指示通りに、温度の調節を図り、人がいるのだろう位置に向かって、何本もの
焔を走らせる。
悲鳴は、以外に聞こえない。
出す暇すら許されずに、高温で焼き尽くしているからだ。
骨どころか、使用している武器すら残さない。
遺体すら回収できない、骨の欠片すら残さずに、殲滅する。
これほど残酷な戦闘があるだろうか?
自分のやっている所業ながら、おぞましい。
「ロイ君!」
「っつ!!」
陰鬱たる思考に捕らわれていたせいか、閣下の声が耳に届くまで、防御を疎かにしてしまっ
た。
我に返れば、閣下の腕の中にすとっと収まっていた。
「申し訳ありません!」
慌てて体勢を立て直して、腕の中から逃れようとすれば、骨が軋む拘束が返ってくる。
「……閣下?」
「今、余計な事を考えると命取りになるんだよ?ロイ君。わかっているね」
「はい。わかっております。申し訳ありません。もう、大丈夫ですから、どうぞ御手を離して
ください」
サーベルを握り締めたままの、不自然な抱擁はなかなかに、物騒で、ちょうど私の首の辺り
に刃が輝いていた。
「わかっていても、気が抜けるか。君ほどの能力の持ち主でも……まぁ、それが人、と言うも
のなのだろうがね」
刃が、今度は狙って私の首にあてられた。
ひやりとした感触に、ざわっと産毛が逆立つ。
「君が、これ以上見たくないというのならば、殺してあげても、良いよ?」
場違いにも穏やかに響いた声音。
私が、諾、と頷けば。
簡単に殺してのけるのだろう、この人は
それが、きっと大総統と呼ばれる存在なのだ。
残忍な、割り切りは必要なのだ。
特に戦場下では。
「いえ。私にはなすべきことがありますから。まだ、死ねません」
絶対に帰ると。
生きて帰るのだと。
約束したのだ。
命よりも代えがたい親友と、ずっと側に置いておきたい部下と。
そうして、今、数多の銃弾から完璧に私を護ってくれる、閣下を追い落として、トップに立って。
諍いの、ない世界を。
作りたいのだ。
血と硝煙にまみれた私の誓いは、今だ誰にも告げてはいなけいれど。
生きて帰れたならば、親友と部下に告げて、実行するつもりでいる。
「ならば、私は殺すまい」
今度は、瞼に、唇が届く。
先刻から一体、何の意味があるというのか。
閣下に男色の気があると聞いたことはない。
奥さんも養子ではあるが、お子さんもいらしたはず。
戦場の狂気に飲み込まれて、突拍子もない行動にでているのならばまだ、いいのだが。
拘束がほどけて、先に立ち上がった閣下が、手を差し伸べてくる。
取るには、心の中、瞬時の葛藤があったが、取らないわけにはいくまい。
触れた途端、すっと腰まで抱えられて立ち上がらせられた。
「しきり直しと行こうかね?」