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 砂糖を山盛り五杯入れたコーヒーより甘い。
 きっと砂糖をざらざらと口の中に直接入れるよりも甘いに違いない。
 うん、きっとそうだ。
 黒半袖シャツだったから、袖が濡れる心配はなかったので、そのまま大佐をバスに沈めよう
とする。
 抱き抱えた体勢なので、ちょうど大佐の尻から沈むことになったのだが。
 「やっつ!」

 尻が湯に触れたか、泡に触れたかのタイミングで大佐が妙に甘ったるい声を上げた。
 声だけ聞いたら。
 ごめん。
 俺、勃起したわ。
 そんな行為の最中に零れるような艶めいた声だった。
 しかも、ぎゅうっと俺の首に抱きついてくるんだ。
 気のせいじゃなければ、ふるふると震えてもいる。
 「大丈夫です。バスに入るだけですよ。綺麗になるだけです。抱っこしてるのは少尉。側には
  私もいますよ」
 「……リザ?」
 「そうです?リザです。だから安心して肩まで身体を沈めて下さいね」
 「……ハボ?」
 不安そうに俺を見上げて、首を傾げる様と言ったらあんたぁ!
 これ、本当に大佐ですか?
 焔の錬金術師様でございましゅか?
 雨の日無能で、日々仕事をサボる事しか頭に無い困ったちゃん上官なんでしょうかぁ?
 
 ……殺人的に可愛いんです。

 俺、大佐に可愛いなんて表現使えるのは、ちょっと変わった趣味の中尉と、大佐を実の子供
のように甘やかす癖のある中佐ぐらいだと思ってました。
 俺も、お馬鹿さんの仲間入りですか。
 変態っスか?
 や、それは言いすぎだ!
 じゃ、じゃあ、マニアックっスかぁ?
 「……ハボ?」
 目がうるうるしてる。
 ひゃあ、このまま押し倒したいくらい可愛い!
 なんて、頭の中が暴走してると、どごっとと結構な音がして、中尉の容赦ない蹴りが尻に飛ぶ。
 たぶん、俺の思考を読んでくれちゃったんだと思う。
 「いってー!じゃなっくて。ハボです。はい!ハボックですよー。あなたの忠犬ですよー。大
  きいけど駄犬だから怖くありませんよ!」
 「……駄犬?ハボは良い犬だぞ。金色の毛がふさふさしてて、目が綺麗な空の色なんだ!
  いう事も良く聞くしな。とても良い子だ」
 ……あんたの口から俺を褒める言葉が出る日がくるなんて、思ってもみなかったっスよ!

 例え、あんたが、壮絶に寝惚けているんだとしても。

 「んじゃ、ハイ。髪の毛触って?金髪でふさふさです。目も、よおおく見てくださいね。お空の
  色っスよ」
 もしゃもしゃと髪の毛を思う存分に触り、俺の頬を掌で包み込んで息が届くまで近付いてきた
と思ったら、じっと目を覗き込んでいる。
 はぁ、キスしてー。
 やっこそー。ぷにょぷにょしてそー。
 なんて、また邪思考に染まりかければ、がぞっつと尻に蹴り。
 「て!……はい。じゃあ、ゆっくりいれますからね」
 そっとバスタブに沈めれば、纏わりつく湯の感触に満足したのか、大佐は飽食した猫のように、
ほうっと息をついた。
 「大佐?あひるさんしますか?それとも、寝ますか?」
 「……あひるさんしながら、寝る」
 「はい、どうぞ」
 中尉がビニール製のあひるのおもちゃを、大佐の頬にあてるようにして置く。
 大佐は頬で突付くようにして、あひるを揺らすと満足げに目を閉じた。
 「さ!少尉頑張って洗ってね。私は足の爪から磨くから貴方は髪の毛を洗ってあげて。リン
  スもしてね?あ!シャンプーハットも忘れずに」
 指差された方を見れば、明らかに使用感のあるブルーのシャンプーハットが置かれている。
 俺はよっこらせっとシャンプーハットに手を伸ばし、髪の毛が残らないようにおでこを出して、
 シャンプーハットを装着させた。
 おや、結構でこっぱち?
 髪の毛しっとり、やわらかフローラルの香り、と書かれたシャンプーを手にする。
 男にフローラルなんてさ、あははん!
 と普段の俺なら思うだろうけれど、今の大佐を見た日には。
 最高だねフローラル!花の香りのする大佐は萌だね!
 とかなりますデス。
 はい。
 「……中尉。聞いてもいいっスかぁ」
 中尉はせっせと、足爪のマッサージをしている。
 「何?」
 「大佐、寝惚けてるんですよね?」
 「そうよ」
 「……寝惚けてる大佐、っていっつもこうなんスか?」
 「自宅では、そうね」
 そういわれてみれば、仕事場では眠そうにしても、寝起きにしても不機嫌なだけで、こんな
じゃなかったわな。
 「でもって、こんなに可愛くてお子様返りまでしちまうんスね?」
 「……そう。しかも本人あまり記憶がないらしくて」
 だからつい、甘やかしてしまうのよね。
 と肩を竦める中尉は、すっごく嬉しそう。
 普段は大佐を追い立てて仕事させる役目を一気に引き受けてくれてるからなー。
 本当はすっげー不本意なんだと思うよ。
 普通は誰だって好きな人には、優しくしたいじゃん。

 「凶悪ですね。何かヒューズ中佐がこの人に甘い理由が解った気がします」
 貴方が普段、大佐が好きで仕方ないのに意外と素っ気無いのも。
 こうやって俺らの知らない大佐を見て。
 でもって甘やかして満足しちゃってるんだ、たぶん。
 「中佐の場合は一緒におられた時間が長いし。本人の性格もあるんだとは思うけれども……
  そうそう、少尉」
 「へい」 
 泡立てられた髪の毛はしんなりしている。
 髪の毛がぺしゃんてなった、大佐は可愛いっす。




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