万字線  志文−万字炭山 23.8km
 1914年(大正3年)、北海道炭礦汽船株式会社(北炭)が万字鉱を開発し、岩見沢とこの炭坑を結ぶ路線として敷設された。万字の語源はこの地域に炭坑を持っていた朝吹家の定紋が「卍」だったことに由来するらしい。 万字炭山は当初貨物駅として開業した。途中には、朝日、美流渡などという美しい名前の駅があり、かつては周辺に軽便線などがあった。しかし、駅周辺はひっそりとしており、炭住がかつての繁栄を物語っていた。

使用カメラ  ミノルタXE
使用フィルム コダクローム64

沿革  1914年(大正3年)  万字軽便として志文−万字炭山間開業
    1922年(大正11年) 万字線に改称
    1924年(大正13年) 万字炭山駅が旅客駅となる
    1985年(昭和60年) 廃止



1978年3月
万字炭山
わずかの乗降客。沿線の炭坑の閉山が相次いでいた頃。
1984年1月
朝日−美流渡
雪に覆われた山に囲まれて走る。駅名に惹かれて駅間を歩いた。
1984年1月
朝日−美流渡
この辺には炭坑に変わりスキー場があり、休日ともなると地元の人たちが数多く訪れる。
1984年1月
朝日−美流渡





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