「僕が詐欺にあった理由」−その6
バスは僕と僕の荷物を下ろしたとたんに行ってしまった。僕はどこともしれない広場のような所に、アフロ・エディ・マーフィと取り残された。荷物を下ろしている間に簡単な説明を受けていたらしく、彼はにやりと笑って、僕に指を立てて座席の後ろを示し、乗れ、と合図をした。
その姿は思いがけなく、頼りがいがありそうに見えた。だが、ヘルメットをかぶったとたん、頭ごと体全体が一回り小さく見えたのには、少しぎょっとした。
バターワースの時と同じように、大きなバックパックを背負ったまま、バイクの後ろにまたがった。僕自身もだが、運転する彼もバランスをくずし、何度かひやひやする場面もあったが、彼のスーパーカブは調子よくスラー・ターニーの
街を進んでいった。町の中心部に近づくと、予想以上に明るく、屋台街等もあり、思っていたよりずっと楽しそうな街だった。それまで、明け方の薄暗い姿しか知らず、しかも詐欺師の巣窟のようにしか考えていなかったのだ。
バイクは、屋台街を抜け、大きな建物の横を通り過ぎた。ポリス、とアルファベットで書いてある。彼の肩をたたいて注意を促したが、かれは、軽く後ろを向いて、わかってる、という風にうなずいただけで、警察の横は通り過ぎた。そして、すぐに目的地へ着いたらしく、バイクは止まった。ツーリスト・ポリスと書いてある。彼は僕の現状をけっこう理解してくれているのだ。ただ、ツーリスト・ポリスは8時までしか開いていないらしく、閉まってしまっていた。彼は、しょうがない、という顔をし、僕をまたバイクに乗せ、今度はさっき通り過ぎた大きな警察署の前へ止まった。そして、僕を連れて中に入り、カウンターの内側にいる警官に何事か話しかけ、交渉してくれているようだった。そこで、僕は彼と警官の話がつくのをしばらく待っていたが、どうもあまりうまくいかなかったらしい。彼と身振り手振りと、簡単な英語で話し合ったところ、明日、ツーリスト・ポリスへ行かないといけない、ということになったらしい。
僕はかなり落胆したが、あることを思いついた。あの、詐欺師のツアー・オフィスのチケットの住所をバス内で見せてもらい、タイ語で控えていたことを思い出したのだ。
それを、ひょっとすると知っているかもしれないと思い、彼に見せてみた。彼はまた頼りがいのありそうなうなずきを見せると、僕にまたバイクに乗れ、と合図してきた。バイクは警察署よりもかなり中心部に近いところに戻っていった。そして、一件の店の前で止まった。だが、その店は違っていた。絶望しかかったが、ふっと、あることを思い出した。前も、最初に止まった店と違うところに連れていかれ・・・それは、角を曲がってすぐにあった。そして、今回も、あの店は同じ所にあった。「SHAU WAN OFFICE」。ついに見つけた。
僕はこのとき、かなり興奮していた。詐欺師といきなり直接対決することになったのだ。用心のため、彼にもついてきてもらった。ドアを開けると、巨大なババアではなく、小太りの小娘がいた。こころなしか、ババアに似ている。
向こうが口を開くまもなく、一連の経緯を話し、金を返さないと、警察に突き出す、と脅しつけてみた。だが、小娘はケロリとした顔で(少しは驚いていたが)、私は雇われ従業員で、そんなことは何も知らない、明日またそのあんたが会った人が店に来るから直接話せ、と言ってきた。もちろん、本当に知らない可能性もあるだろうが、あまりにもババアと容姿がにていたので、親子だと思いこみ、さんざんののしって、脅したのだが、無駄だった。「明日絶対警察連れてくるからな!」と捨てぜりふを吐いて店を出た。
僕は大分興奮していた。だが、いつの間にか夜もふけ、そして僕は朝からからほとんど飲み食いしていないことに気が付いた。彼にホテルを教えてくれ、というと、彼は相変わらず格好良く座席を示し、僕を詐欺師のオフィスからも警察からも近い立地のホテルに連れていってくれた。彼の友達の父親の経営するホテルのようだった。彼は僕の事情をその友達に一生懸命伝えていた。部屋は冷房・シャワー付の快適なシングルで、300バーツ(当時のレートで1200円)だった。
彼に御礼を言って別れる前に、自分のことにばかり気が回っていて、彼の名前や、普段の仕事も知らないことに気が付いた。彼の名前はカイ。職業はバイクタクシーのドライバー。プロだったのだ。だから、あれだけいろいろな道に詳しく僕を案内できたのだ。
もともと渡すつもりだった御礼に少し上乗せして、300バーツ渡した。はっきりした相場はわからないが、少なすぎることだけはないはずだ。翌日の朝8時に、ツーリスト・ポリスへ行くのに、また来てもらえるように頼む。
鍵を閉め、ベッドに倒れ込む。体はドロのようなのに、心はまだ興奮していて眠れそうにない。しばらくそうしていると、ノックの音がした。鍵を開けると、ホテルのオーナーと名乗る人が立っていた。フロントで受付をしていたカイの友人の父親らしい。必ず、お金は戻るだろうと激励してくれた。彼が去ってから、うれしくなり、ご飯を食べに行く元気が出た。
シャワーを浴びてからホテルの真ん前にでると、そこは屋台街で、その頃は10時を回っていたが、まだまだ活気があり、気分が楽しくなるのを感じた。通りがかりの人に食堂がないか尋ね、聞いたとおりに3分ほど歩くと、大きな食堂があった。そこで、青菜と豚足をのせたご飯、カオマンガイを山盛りにしてもらい、久しぶりのまともな食事を楽しんだ。そして、屋台街に戻り、目を付けていた「豆腐花」の屋台に行った。これは、固めていないもろもろの暖かい豆腐に、蜜をかけてレンゲですすりこむお菓子なのだが、一杯15円ほどと安くて美味しい。それに、ココナツミルクに、あずきやひまわりの種を入れたデザートもあわせて頼む。中国茶でそれらをすすり込むと生き返ったような気分になった。
その後、コンビニ(11PM)でタイのビール、シンハービアーと、SPYという安くてそれなりに美味しいスパークリングワイン、おつまみにかっぱえびせんを買い込み、部屋に戻ってクーラーをガンガンに効かせて涼みながら目一杯腹に詰め込んだ。お腹一杯になると、疲れがどっと出て目を開けていられなくなった。
うとうとしながら、いろんなことを考えた。本来ならマレーシアのペナン島にいるはずなのが、詐欺師を追いつめるために、こんな苦労をしてわざわざ戻ってきてしまった・・・。でも、一日で色々な経験もできたし、うまいご飯も食えた。明日が本番だが、何があるのか、どういう結末で終わるのか・・・。
遠くに、カラオケで盛り上がっているらしい調子外れの歌声を聞きながら、スラー・ターニー一日目の夜は過ぎていった。
最終話 その7へ続く
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