「僕が詐欺にあった理由」−その7


翌朝、いつもの小型目覚ましの音で目が覚めた、と思ったら 目覚ましはまだついていなく、ドアをノックする音で目が覚めたと 気が付いた。
カイが約束の時間よりかなり早く来てくれたらしい。8時半の 約束だが、まだ7時半くらいである。ぼさぼさ頭のままでドアを 開け、カイに挨拶をする。とりあえず、中には貴重品なども 散乱しているので、少したってからまた来てもらえるように頼んだ。

急いで水シャワーを浴び、髭を剃り、昨日の晩に疲れ切った体で 洗濯したなけなしのシャツとパンツに着替え、今日の詐欺師との 対決に思いを馳せていると、またドアをノックする音がした。
カイがいつもの笑みを浮かべて立っている。用意はいいか?と 僕に聞いてくる。僕は大きくうなずき、部屋を出た。

またカイのバイクにまたがり、ツーリストポリスに向かう。今日は 背中の荷物がないし、休養も充分。スラー・ターニーの街の 様子を眺める余裕もある。朝の光の中で眺めるスラー・ターニーは こぢんまりとしているが、けっこう活気のあるところだった。
ホテルからツーリスト・ポリスへ向かう道は途中、ずっと河の横を 通るのだが、そこは屋台街になっているらしく、いろいろな野菜や 果物を売る店でいっぱいだった。

横目でそれを眺めているうちに、昨日の建物の近くにバイクが 泊まった。カイにうながされ、建物に向かう。白いコンクリートの 非常に立派な建物だ。TATと金色に装飾された文字が朝日に光って 頼もしさを感じさせる。
TATとは「Tourlism Authority of Thailand」 政府観光庁の事で、バスや鉄道の時刻表、英語の地図やパンフレットを 無料でくれる、タイを旅行する旅行者にとって非常にありがたい存在である。 地方では、これとツーリストポリスが同じ建物にあることが多い。

カイに続いて、建物の中に入る。まだ朝の8時半なので、まだ開いていない。 仕事始めは9時からであるらしい。まだ朝御飯を食べていない僕のために、 カイが近くの食堂に連れていってくれた。
また豚足かけご飯カオ・マンガイを選ぶ。付け合わせの生野菜もたっぷり食べる。 食事の間、カイは食堂のおばちゃんや他のお客に、得意そうに僕のことを 指さしたりしながら、いろいろしゃべっている。皆がじろじろみてくるので 恥ずかしい。食事が終わると、9時が近づいていた。戻ると、TATの門が 開いているので、カイと中に入った。

中は立派なオフィスで、大きなカウンターがあり、その向こうにTATの 制服を着た若いスタッフがいた。コップン・カップと軽く挨拶をすると、 タイ人特有のひとなっつこい微笑みを見せて挨拶をしてくれる。
カイがものすごいスピードで、僕のことを指さしながら彼に向かって いろいろしゃべっている。昨日からのことを説明してくれているようだ。 一通りカイの説明が終わった時点で、彼が僕に話しかけてきた。

彼は僕よりもかなり流暢に英語が話せるらしく、向こうの話すことについて いくのに苦労したが、なんとか質問に答えていく。質問の内容は、いつ、 どうして、どのように詐欺にあったのかということや、その後どのように 対応してきたか、ということだ。彼は僕の答えにいちいちメモを取って いた。しゃべりながら彼を観察していたが、非常に誠実そうな人だな、と思った。

僕の話を非常に真剣に聞いてくれていることが彼の表情でわかり、すごく それだけで嬉しい気持ちになった。 彼は質問を終えると、ポリスを呼んでくる、といって立ち上がった。 その時、お腹は減っていない?と聞いてくれ、僕が何も食べていないと 知ると、そばにいた女性スタッフにコーヒーとクッキーを持ってきて くれるように頼んでくれた。これもすごく嬉しかった。
それをカイと食べながら待っていると、さっきのスタッフと警官二人がやって来た。 一人は、わりと年輩で大柄。一人は、若く、きりっとした顔つきで、身長は 185cmを越えるような、タイ人にしてはかなり背が高く、しかも がっちりした体型のあまり見ないタイプだった。僕は身長が170に少し 足りない程度で、今の日本ではそんなに高くない方だが、タイの中では ほとんど周りと同じくらいである。それに慣れていたので、少し驚いた。
カイとスタッフと警官が相談らしきことを始めた。もちろんタイ語なので 何を言っているかはさっぱりわからない。とりあえず、警官に呼ばれた。

年輩の警官の方が僕についてくるようにうながした。建物の後ろに行くと、 ジープスタイルのパトカーがあり、一緒に乗るように言われた。昨日の白バイに 続き今度はパトカーである。クーラーも強力で快適だ。
出発してほんの2,3分ほどで車は大きな警察署に泊まった。カイやさっきの スタッフ、名前はポム君と言った、も一緒である。(ちなみに、このカイやポムと いうのは、愛称である。タイ人の本名はかなり長く、ややこしいので普通はなにが しかの意味のある愛称がつく。名前の略であったり、おちびちゃんという意味であったり、 花という意味があったりする。)
警官が色々話をしてくれているみたいだが、その間受付前のソファーでずっと 待たされるはめになった。

その間、カイはどこかにいっていたので、ポム君と世間話に興じる。彼は22歳と かなり若く、大学を卒業してすぐにTATで働いているらしい。給料は日本円に して月2万円くらい。冷房の効いたオフィスといい、タイではエリートコース なのかもしれない。そうこうしているうちに、やっと警官が呼びに来てくれて、 奥の部屋へ通された。だが、そこでは簡単な質問、さっきポム君に聞かれた ようなことを聞かれただけで、何か進展があるわけではないままに終わった。
そして、そのまままたTATに戻ることになった。はっきり言って話の流れが あまりわからなかった。TATのオフィスでどういうことになるのかかよく わからないまま待っていた。ポム君に聞いても、やはり彼もどうなるのか よく知らないようだ。

オフシーズンのTATはかなり暇なようで、来客もあまりなく、僕はポム君と ずっと話をしていた。そこで、詐欺師のオフィスへTATのスタッフと行けば なんとかなるのではないかという考えが浮かび、カイに頼んで、あそこへまた 連れていってもらうことにした。
ポム君は自前のバイクを持っていた。3人で再び詐欺師のオフィスへ入った。 ババアがいることを期待していたが、また昨日の小娘がいるだけである。 ポム君が小娘に激しくつめよってくれるが、小娘の度胸は大したもので、何を 言われてもどこふく風である。らちがあかないので、またもやTATの オフィスに戻り、また休憩してから出直すことにした。

そこで、ポム君が自分のバイクで僕を運べることに気づいたらしく、カイに 帰るように告げた。僕は彼に朝から昼前まで付き合ってくれた御礼に、 200バーツを渡した。悪くはない稼ぎのはずだ。彼は喜んで帰っていった。 アフロ・エンジェル退場である。

オフィスにはポム君とまた別の若いスタッフが出勤してきていた。なんと彼も カイというらしい。ややこしい。さっきのカイと同時にいなくて良かったと思った。 新しいカイは、ハンサムで気のよさそうな人だった。3人で雑談しながら また警官が呼びに来るのを待っていた。大分経ってから、警官がポム君を 呼びに来た。二人でひそひそ話している。ポム君がさえない表情で戻ってきた。 あまり状況が良くないらしい。
とりあえず、ジュースを飲みに行こうと、ポム君が言うので、さっきの食堂に行き、 コーラを頼んだ。話を聞いていると、どうも、僕の持っている情報では詐欺師が どこにいるのかわからないので、この話はこれまで、ということになっている ようだった。僕は昨日詐欺師と直接会って会話までしているのに!

もう一度、最初から説明をし直すと、ポム君は驚き、コーラもまだ半分以上残って いるのに、僕の腕を引っ張っるようにしてTATに戻った。そして、すぐに さっきの年輩の警官にそのことを伝えた。年輩の警官も驚き、すぐに 僕とポム君にパトカーに乗るように言った。

カイがいなくても、詐欺師のオフィスの場所はもう覚えていた。ホテルの あるのが、スラー・ターニーで一番にぎやかなナ・ムアン通りにある。その ホテルのある所から4本行った筋を曲がったところだ。詐欺師のオフィスの前に 到着し、今度は僕&ポム君&年輩の警官の組み合わせで入る。小娘もさすがに 警官の登場に動揺したようだった。が、自分は何も知らない、というスタンスを 崩すことはなかった。大した度胸である。だが、僕は、タイ人でここまで肥満 しているのはこの親娘だけだ!と断定しきっていたので(親子というのも憶測に 過ぎないのだが)、激しく小娘を責め立てた。

警官もかなり厳しく彼女を追求していた。ただ、物的証拠はない。本当に しらをきり通されたら、それ以上どうやって追求しようがあるのか。やはり、 今回も3度目の正直のはずが、これで終わってしまった。おなじみのTATに 戻る。もう、どうしようもないみたいだ。これだけの時間を費やして、多くの 人の助けを借りて、何もできなかったのがすごく悔しい。
最初にもっと注意するべきだったと思うが、いまさら仕方がない。オフィスに 戻ると、警官にお礼を言って、またオフィスに戻った。

落ち込んではいたが、ポム君もカイ君も僕を元気づけてくれようとして くれている。そこで、ポム君がお昼を食べに行こうと提案し、3人で さっきとは別の近くの食堂に向かう。ガラスケースの中に、様々な おかずがあり、好きなものを選ぶ仕組みの食堂だ。
肉と野菜の炒めたものやカレーなど美味しそうなものが並んでいる。 ポム君とカイ君のおすすめで、魚のフライに、唐辛子とココナツミルクの ソースで味付けしたものと、野菜と豚肉のグリーンカレーを選ぶ。 ついでに、おやつにココナツミルク風味の餅にアズキをはさんだものももらう。 これでしめて40バーツくらい。当時のレートで160円程度。

おすすめだけあって、魚のフライは、辛いが、甘みもあってすごく美味しい。 他のおかずも適当に交換したりしながら、しばし日本のことや、TATの 仕事のことなどいろいろ話していく。詐欺師から金を取り戻すことが 昨日から頭から離れなかったのに、この時は楽しくてそんなことをすっかり 忘れていたように思う。
食事が終わり、代金を払おうとすると、カイ君がいいからいいから、と 全員の分を払おうとした。悪いと思って、払うと言ったが、にっこり笑って そのままおごってくれた。僕にとっては160円くらいのものだが、 TATの収入は月に2万円。タイではかなり安定した収入だが、単純計算で 8倍くらいの価値があるとすると、けっこうな額だ。トラブルを持ち込んだ 上に、そんなことまでしてもらって、ありがたいやら申し訳ないやら、 でも、やはりすごく嬉しかった。

またオフィスに戻り、冷房の効いた中、そこらの広告で折り紙を作ったり して遊ぶ。指で尻を押すと跳ぶ蛙の折り方を教えたり、紙飛行機でキャッチ ボールのような事をしたり、記念写真を撮ったり、日本語とタイ語を教え あったりと様々なことをしてして遊んだ。それで、もう、半ば詐欺のことは 忘れていたのだが、そこにまた警官が呼びに来た。

TATではなく、ツーリスト・ポリスのオフィスの方へ行くと、さっきの 若い方の警官がいた。警官は、小娘がお前の金を返しに来る、と言った。 僕はいきなりそんな事を聞いて非常に驚いた。何があったとかそういうことを 聞く語学力はないし、また、細かく聞くだけの気力もないので、素直に喜ぶ ことにした。警官はドルがないので、バーツになるがいいか、と聞いてきた。
警官の見せてくれた計算例は実勢レートよりもかなりいいものだったので、 即座にうなずいた。で、170US$(相当のタイバーツ)が戻る代わりに、 連中のよこしたマレーシアドルを返せばいいらしい。英語で事件の経過を 説明したものを作成するように言われたので、小娘が来るまでに頑張って それを作成した。ポム君も様子見に来てくれた。

そして、小娘が到着した。着いてすぐに、警官と言い争いをしていたが、 何かを言われて折れたようで、おとなしくなった。警官は小娘に金を出させ、 計算しなおして、きっちり数えてから僕に渡した。僕も、マレーシアドルを 小娘に渡した。そして、警官が調書を取る間、ポム君と小娘はずっと 言い争いをしていた。僕はお金が戻ってきたのは素直に嬉しいが、展開が あまりにもころころ変わるので、少し混乱していた。
そして、警官が小娘に出ていっていい、と言った。小娘はドアを出る直前、 そうそう、言い忘れていたが彼女には目を合わさないでにやにや笑いを 浮かべながらものをいう特徴があるのだが、そういう表情で、私は何も知らない、 と僕に向かって言った。最後まであっぱれな態度といえるかもしれない。

お金は戻ってきた。警官の人達に何遍もお礼を言い、ポム君とカイ君にも 心からお礼を言った。その後もずっとオフィスで夕方まで遊んでいた(今 思えばTATの仕事ってオフシーズンはむちゃくちゃ楽かも)。
そして、ホテルまで送ってくれた。晩御飯を一緒に食べる約束をし、迎えに 来てもらえるように言って別れた。カイ君は用事があって来られなかったの だが、ポム君と一緒に屋台街を周り、珍しいイナゴのスナックやいろいろな ものを食べた。そんなこんなで、旅は、また順調で、最高に楽しいものに戻った。

詐欺に関する話はここまでである。この経験は、例え外国だろうが言葉が あまり通じなかろうがあきらめなければなんとかなることもある、という 教訓と自信を僕にくれた。それと、やはり旅行者はいつでも気を抜くべき ではないということと。また、これが一番の事なのだが、普通にマレーシアに たどり着いただけでは決してできない多くの経験や友人ができた。タイの悪い ところ以上に多くのいいところを知った。月並みな結論だが、やっぱり、旅は、 最高である。

(了)

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