「こころに強く描いたことは実現する」
完全に「信じ込んだ」ことは、どんなことでも本当に起こるそうだ。 そして、それは潜在意識に関係していて、「信じ込もう」としても、その裏で 「どうせだめに違いない」というようなマイナス方向への意識が働いていると、 実現するのはその本音のところだそうだ。だから、この原則を活かすためには、 すでにそのことを本当に実現したこと、として頭の中で処理するようにすると いいそうだ。「実現したこと」の細部までを思い描くのだ。そしてそれを心から 信じる。
だから、僕は金を取り戻すと決めたときから、その方法を実行した。金を取り戻す 瞬間を心に思い描くのだ。あとは、とにかく動けばいい。金を取り戻したという 事実はすでに実現しているのだから、そこまでたどりつくのは確実なのだから・・・。
警官は僕をバスステーションまで送り届けてくれた後、わざわざ窓口と交渉して 切符を代わりに買ってくれた。そして、にこりと笑って帰っていった。僕は 何度もその背中にお礼を言った。
バスが来るまでは少し時間があった。めったに吸わないタバコを吸ったりして 時間を潰した。バスが出発するのは1時で、スラー・ターニーの街へ戻るには 行きで5時間ほどかかっているから、到着は早くても6時くらいだろう。着いた ころには日が暮れている。そう考えるといてもたってもいられないような気が していた。
そうこうしているうちに、バスが来た。一応座席指定のエアコンバスで居心地は
けっこう快適そうだった。
隣には見ただけでは何歳かもわからないしわくちゃの老人が座った。定刻を10分ほど
過ぎてバスが走り出した。乗ってしばらくは、快調にスラー・ターニーへ向かっている
ように思えた。
だが、すぐに気がついた。このバスは長距離バスのくせにかなり細かく、いちいち
村や町の中心部のようなとこに立ち寄るのだ。きっとタイの鉄道が走っていない地域では、
こういうバスが非常に重要な住民の”足”になっているのだろう。だから、小さな村に
まで丁寧に立ち寄るに違いない。
そういった事のある度に焦燥感が増していき、いらつきを鎮めるのが
大変だった。行きで5時間。そうすると、こんなペースで進むこのバスはどのくらい
かかればスラー・ターニーまで行けるんだ!?車内のテレビではタイ版
「吉本新喜劇」のようなビデオを流していて、老婆やオカマに扮した
タイのコメディアンが舞台で暴れ回っている。隣の老人がそれを見てフガフガと
笑っているのを聞きながら、僕はどうやって詐欺師から金を取り返すか、という
算段を練ることにひたすら集中していった。
合わせてイメージトレーニングも行い、あのタイの水牛のようなオバハンが警察に
手錠をかけられ、どこかへと連行されていくシーンまで入念に思い浮かべたりしていた
(基本的には暇だったのだ)。
4時半を過ぎ、日も暮れはじめた。徐々に陰が濃くなっていく車内の中で、 僕は眠ることもできないまま、地名を書いた看板が近づくたびにスラー・ ターニーの文字を探していた。車は一件の休憩所の前に停まった。どうやら、 運転手の食事タイムらしい。ほとんどの人がトイレに出ていったが、僕は 身動き一つしなかった。なぜかはわからないが余計な行動を一つも取りたく なかったのだ。全ては金を取り返すために。
バスは再び動き出し、宵の口を少し過ぎた8時頃、ようやくバスはスラー・ ターニーの街に着いた。このころには、どうとでもなれという気分になっていた。 バスが街の中に入ってもしばらく疲れ切ってぼーっとしていたが、突然あることに 気がついた。もはや外は真っ暗で、着いてからゆっくり警察を探す暇などないのだ。 急いで、車掌に(タイのバスは日本と違い運転手と車掌のペアが基本)あらかじめ作って おいた詐欺事件の顛末を書いた紙を見せ、ツーリストポリスに一番近い場所で 下ろしてくれと頼んだ。
やがて町の中心部らしいところを過ぎバスは停車した。他の乗客はその前に
全員下車しており、中には僕とバスの運転手、車掌だけしかいなかった。
英語ができる(多分、僕より)車掌に、ツーリストポリスはすぐそこか!?と
聞くと、そうではない、という。彼は落胆した僕の様子を見て、安心させるように
僕の肩をポンとたたいて言った。「彼が連れていってくれるよ」と。
彼?うながされるようにバスを降りた僕の前に”彼”が現れた。
カブのようなバイクに乗った”彼”はエディ・マーフィーを2/3くらいに縮めて、
アフロヘアのカツラをかぶせたようなタイ人とは思えない風貌の持ち主だった。
そして、その彼こそが僕にとって一人目の幸運の天使だった。