「僕が詐欺にあった理由」−その4


僕は無意識のうちにそのパンチをかわしていた。運転手の方を見ていたわけではない。 何かの気配で、顔を動かした瞬間、パンチが頬をかすめていったのだ。そのまま、また 無意識に後ろに下がると、腹の前を回し蹴りがかなりのスピードで通り抜けていった。 今まで、旅行では具体的に役に立ったことのない空手の経験が、無意識のうちに発揮 されたらしい。

いったん間合いがあいたことで、仕切なおしになった。僕は内心焦りを感じてはいたが、 鞄を置き、腕を上げてゆっくりと構えた。運転手もアップライトスタイル、ムエタイ 風の構えを見せている。タイ人にはムエタイ経験者がかなり多いらしい。もし、本当に ムエタイができるやつなら勝てるかどうか解らない。いや、仮に勝てたとして、タイ国内でタイ人を殴り 倒して、それで何事もなく済むのか・・・いろいろな考えが短時間に頭を駆けめぐる。
そして、相手の動きに合わせてこちらも動き出そう、とした瞬間に韓国人の女の子が 泣きながら僕の腕をつかんで止めた。もういい、もうやめてと言っている。運転手の 方ももう一人の女の子が必死で止めていた。

その後、運転手と僕は殴り合いはやめ、お互い後で決着をつけるぞ、という雰囲気のまま 車に乗り込み、再び車は出発した。僕はとりあえず、気晴らしに運転手に見えないよう 車の備品や内装を破壊しながらもいらいらとしたまま黙っていた。そのまま、車は走り続けた。

ここで、いろいろ考えてみた。詐欺は間違いない、だが運転手はこの件に本当にからんで いるのか?まず、詐欺師の、本来ツアーに関わりのないオフィスに連れていったのは運転手 である。だから、かなり怪しいのは確かだ。だが、そのことで問いつめられたとき、 殴りかかってきたのはなぜだろう。それもまた怪しいと言えばかなり怪しいが、本当に詐欺と 関わりがなく、利用されているだけで何も知らなかったのに、訳の分からないことで責められる ということからきた純粋な怒りの行動ともとれる。本当に旅行者に怪我をさせるというのは 詐欺師という人種のとる言動とは違うような気がするからだ。あのとき、僕がよけていなければ 彼を警察に突き出す口実にもなったのだ。だから・・・

考えが頭をぐるぐるまわり、収拾がつかない。乗り換え所であるタイ国境の町バターワース 到着まではあと1時間ほどである。僕はもうどうしていいかわからなくなっていた。ただ、 車を降りるときに運転手にいきなり蹴りを喰らわせるにはどういうタイミングで動けばいいか 、とかそういう事ばかり考えていた。

そんなとき、一つ前の座席の女性が起死回生の助け船を出してくれた。僕が女に取られた チケットと同じチケットを見せてくれたのだ。あのときチケットを取られたのは、何かの 住所が書いてあるからだったらしい。金だけでなく、先に進むためのチケットまで奪われて いたとは・・・。だが、ここで逆転のチャンスが生まれた。

見せて貰ったチケットは、タイ語表示だった。それを、見ながら書き写していく。何度も 何度も見返しながら、住所や電話番号らしいものを書き写した。女性にお礼を言って、 チケットを返した。心配そうな顔でこっちを見ている。さっき殴られたとき、パンチが かすめたところが少し腫れて赤くなっているようだ。大丈夫、と目で合図した。
隣の白人カップルの男性が、手にしている本の一部を指さして見せてくれた。ガイドブックの うちの、ツーリストポリス等の緊急連絡先の一覧表のようだ。お礼を言って、それも 書き写させてもらった。

ここで、次にどうするかが決まった。韓国人の女の子も連れて、ツーリストポリスに行き、 そして、前の街に戻り金を取り返すのだ。

風景が農村や何もない野原から街のものにかわっていき、そして街のほど中で車が停まった。 僕は緊張した。だが、降りろと指示されたのはタイ人の親子だった。どうやら行き先で 降りるツアーオフィスが違うようだ。車がまた走り出し、また別のオフィスに着いた。
そして、今度はタイ人夫婦が降りていった。3度目の正直で、次に違いない。案の定、ここで 降りろと指示された。荷物を出し、車のナンバーを書きとめる。運転手はそれをいやそうな顔で 見ていたが、また次の客を降ろすべく去っていった。その時、ふっと気づいたのだが韓国人の 女の子達はここでは降りていず、車を追いかけたが無駄だった。

白人カップルは次の目的地へ向かうべく、さっさとそこのオフィスで手続きをしていた。 僕にもオフィスの人が声をかけてきたが、僕は簡単に事情を話し、ツーリストポリスの 住所を聞いた。親切にも地図をくれ、ここから10分も歩けば到着すると教えてくれた。

すぐにツーリストポリスに到着した。が、歩いている途中は不安と希望が交錯して、とても 長い時間だったように思う。署内には二人の警官がいて、話を聞いてくれた。 お互い、それほど英語力がないことが判明し、説明にはかなり時間がかかったが、さっき 書き留めた詐欺師のものらしい電話番号と住所や車のナンバーなどを見せ、必死に説明した。 警察官の人はスラー・ターニーのツーリストポリスに電話をかけるなど、いろいろしてくれて いるようだった。そして、結論が出た。
「君は、スラー・ターニーまですぐに戻り、そこのツーリスト・ポリスに行かなければ ならない。」
それは最初から覚悟していたので、驚かなかった。警官にどのように戻れば一番早いかを 聞いた。彼らは、時刻表などを調べてくれて、1時のバスが一番早いと教えてくれた。 その時は12時だった。朝の5時半に船が到着してから、わずか数時間でここまで事態が 変わるとは全く想像もしていなかった。

警官の一人が、ヘルメットを持って、ついてきなさいと言った。署の前には大きな 白バイが停まっていて、警官の人は後ろに乗りなさい、と言ってくれた。背中に大きな バックパックを背負ったままなので、バランスが悪く苦労したがなんとか乗ることができた。 バイクは、渋滞の道路の中を縫うように走っていった。警官の腰には拳銃が見えた。
僕は、こんな事態のめまぐるしい変転の中にありながら、何かわくわくするような高揚感を おぼえはじめていた。


その5へ続く

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