其の三
1946〜1965年

年号 西暦 事             柄
昭和21年 1946 2月、連合軍総司令部の命で、北緯30度で上三島と分離し軍政下に置かれる。軍政下の大島諸島は、本土とほとんど内容を同じくする「市町村制」が施行される。十島村は、下七島で「十島村(じっとうそん)」となる。
昭和22年 1947 2月、軍政府による巡査派出所が中之島と口之島、宝島に設置される。
昭和24年 1949 口之島電信局を置き、名瀬との無線電信を開始。
中之島の西青年クラブと西温泉場に、青年達の手で初めて電灯がついた。
昭和26年 1951 2月から4月にかけて十島村でも本土復帰運動があり、1970人が署名。
昭和27年 1962 2月4日、十島村(下七島のじっとうそん)が本土に復帰し、2月10日から十島村(としまむら)として発足。
上三島は、同日三島村(みしまむら)として発足。
2月、中之島、口之島、宝島の三島と鹿児島との無線電信が開始される。
9月、中之島全戸に8時間送電の電気事業が開始される。
12月、十三島船舶交通事業一部事務組合が設立される。
昭和28年 1953 6月、村営定期航路に八島丸(木造船70トン)が就航。
民家を借りて、村立中之島診療所が開設され、医師が常駐。
昭和29年 1954 3月、村内小学校9校、中学校8校の校舎整備が完了。
十島村農業協同組合と十島村漁業協同組合を設立。
4月、十三島船舶交通事業一部事務組合を解散。
5月、三島村との財産配分により、村営定期航路に「十島丸」が就航。
7月、中之島、口之島、宝島の派出所が廃止され、鹿児島警察署の管轄となり、三島とも警察官駐在所となる。
民家を借りて、十島村立口之島診療所を開設。
昭和30年 1955 6月、中之島林道開設に着工。
昭和31年 1956 4月、役場所在地を中之島から鹿児島市に移転。中之島に支所を置く。
6月、口之島林道開設に着工。
昭和32年 1957 10月、口之島の西之浜漁港修築事業に着工。(昭和29.10-第一種漁港、昭和48.5-第四種漁港に指定)
昭和33年 1958 4月、村営定期航路に「第二十島丸」(鋼船253.37トン)が週呼応。
昭和34年 1959 4月、財政再建団体として財政赤字の解消に乗り出す。
8月、中之島港改修時魚押に着工。(昭和30.7-県管理港に指定)
昭和35年 1960 11月、「十島の歌」を制定。
12月、中之島に電話が開通。
昭和36年 1961 5月、口之島に電話が開通。
昭和37年 1962 5月、口之島、中之島、宝島、平島、悪石島に電気利用農業協同組合を設立し、電気事業を導入。
昭和38年 1963 4月、中之島に最初の鉄筋2階建ての「へき地診療所」が完成。
昭和39年 1964 10月、前篭漁港修築事業に着工。(昭和29.10-第一種漁港、昭和37.10-第四種漁港に指定)
臥蛇島を除いて、農村電話が設置される。
昭和40年 1965 2月、平島と悪石島に給水施設が完成し、全戸に給水を開始。
3月、宝島に最初の鉄筋平屋建ての「へき地診療所」が完成。
3月、計画より3年早く財政再建に漕ぎつける。
9月、鹿児島市泉町13−13に最初の鉄筋4階建ての役場庁舎が完成。

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