真昼の星 7

 

  可奈の部屋に、水色のかさはずっとたたんで置かれています。可奈は最近、毎日夢を見るようになっていました。真っ黒い星が、水の中でくるくると回り続ける夢です。暗い水の中に、それよりも黒くなった星が、ゆれながら回り続けるのです。くるくる、くるくる。
  可奈はいつも目をさましたとき、怖くて仕方ありません。いつも心臓がどきどきといっています。そして、息をととのえるために大きく呼吸をすると、身体の中がどこかが重たいのでした。
「いってきますー」
  それでも、可奈は毎日学校へ行き、習い事を週に3回しています。2,3日前も、自分でもしらない間にぼーっとしてしまって、先生の話を聞きそこねて忘れ物をしたことがありました。友達はめずらしいねと言ってくれましたが、可奈があまり元気ではないことにみんな気づいているようでした。
 先生も可奈が授業に集中できていないのを気にしていました。「何か心配ごとがある?」とやさしくきいてくれたのです。可奈は、本当のことは言わず、「最近あまりよく眠れないんです」と答えました。本当にあまりよく眠れてはいなかったのですけれど。

 可奈は家に帰ると、しばらくベッドの上でゆっくり横たわります。そのまま眠ってしまったことも何回かあります。そんな時は、お母さんはご飯の時間に起こしに来てくれました。
「可奈ちゃん」
  だから、お母さんの声がしたとき、可奈は夕ご飯の時間だと思ったのです。でも、違いました。お母さんからは、あたたかいご飯のにおいはしません。時計を見ると、また5時30分でした。可奈が帰ってから、1時間ぐらいしかたっていませんでした。
「可奈ちゃん、ちょっとお話いいかな?」
  お母さんの声はいつもよりずっと静かでした。可奈はベッドにこしかけ直しました。お母さんが隣に座ります。こんな風にするのは、久しぶりでした。
「可奈ちゃん、お母さんの知り合いの病院へ今度の土曜日一緒に行こうか?ちょっとお話をきいてくれるだけだから、大丈夫だからね。可奈ちゃんが最近元気がないから、お父さんもお母さんも心配してるんだから」
  可奈が何も答えずにいると、お母さんは続けました。
「先生からも可奈ちゃんがあまり眠れていないって教えていただいたのよ。病院の先生になら、お母さんたちにお話できないことも、きっと話せるわ」
  そして、お医者さんは、きっとお父さんとお母さんに「お話」をするのでしょう。先生がお母さんに連絡をしたように。
「前みたいに元気な可奈ちゃんに戻ってほしいのよ」
  可奈は顔をあげて、お母さんの顔を見つめました。
「じゃあ、お兄ちゃんに会わせてよ。お医者さんなんて話を聞いてくれるわけがない。お兄ちゃんに話がしたいの!」
「可奈……。佐々木さんは、今お仕事を探したり忙しいのよ。小さい子と遊ぶ時間はないと思うわ」
  お母さんの声が弱々しいものになったのに、可奈は気づきません。せっかく、お話を聞いてくれる人が近くにいるのに、どうして。可奈の頭にはその言葉しか浮かびませんでした。お兄ちゃんが何をしたっていうんだろう。あんなにやさしい人なのに。
「でも、お母さんたち、あたしに内緒で井戸を埋めたくせに。あたし、絶対ダメって言ったのに!お兄ちゃんだったら、絶対そんなことはしない……!」
「可奈ちゃん、あの井戸はね、もう一度掘り返せるのよ。説明したでしょう?」
「でも、あたしは嫌なの!」
  お母さんはため息をついたようでした。
「可奈ちゃん、井戸のことは今は関係ない話でしょう。それより、佐々木さんのところに勝手に行ってはいけないわ」
「どうして、ダメなの?お兄ちゃんがお仕事をしていないから、それが悪いことなの?」
「お仕事をしているかどうかとは関係ないことよ」
  可奈はその言葉がウソだとういうことが分かりました。お母さんの体にうっすらと黒いかげのようなものが見えてきたのです。あの星を真っ黒にしているものと同じものが、お母さんの体の中に見えるのです。
「ウソばっかり、お母さん言ってる!じゃあ、どうしてダメなのよ!」  
「……佐々木さんが昔住んでいたところで、事故が起きたの。そのとき、まだ若い女の人が亡くなりました。佐々木さんが気をつけていれば、防げた事故だったらしいのよ」
  本当のことを言わないと可奈が納得しないと、お母さんは思ったのでしょうか。でも、可奈は信じないというふうに首をふりました。
「お母さんのうそつき、大っ嫌い!」
  その言葉を言った瞬間。可奈は自分の体も黒いかげに包まれたのをはっきりと感じたのです。