真昼の星 4
「あーあー、帰るのめんどうくさいー」 
   可奈の言葉に、一緒に帰る友達がくすくす笑いました。 
  「お母さんのお迎えでしょ?仲いいよねー、可奈ちゃんのところ」 
  「それ言わないでよ。はずかしいんだから」 
   1週間前からずっと、お母さんと帰ることになっていたのです。 
  「でも、ヘンな人がいたんでしょう。ひとりはあぶないからね。うちもうるさいよ」 
   友達二人と別れるところで、お母さんは可奈を待っています。そこを見られるのがいやなのです。 
  「それに可奈ちゃんのお母さん美人でしょ。いいよねー」 
  「たいしたことないって」 
   そこまで言ったとき、可奈は道の横手にある空き地の人影に気づきました。 
   今度は田んぼではありません。果樹園の近くの空き地にお兄ちゃんが立っていたのです。 
  「お兄ちゃん!」 
   可奈はとっさに走りよっていました。友達も不思議そうについてきます。 
  「ああ、久しぶり」 
   お兄ちゃんは手にスケッチブックを持っていました。何か絵を描いていたのでしょうか。 
   可奈はお兄ちゃんに夢の話をしたかったのですが、何せ友達が聞いています。どうやって話そうと思っているうちに、お兄ちゃんは足元に置いたバッグに荷物を片付け始めました。 
  「何をしていたんですかー?」 
   可奈の友達がお兄ちゃんに聞きます。お兄ちゃんを可奈の親せきの人とでも思ったのでしょう。 
   お兄ちゃんは無言でバッグから包みを取り出しました。のぞきこむ子どもたちの前でゆっくりと開きます。植物のにおいとそれ以外にも何かレモンのすっぱいような香りもします。 
   お兄ちゃんは、ハーブを採りに来たこと、これはお茶にするとおいしいことを教えてくれました。そして、ティッシュにくるんでそのハーブを分けてくれました。 
  可奈がお兄ちゃんと3度目に出会ったのは、もらったハーブの葉っぱがレモンバームいうことがやっと分かったころでした。図書館で可奈はずっと探していたのです。 
 朝からよい天気でした。だから、可奈も友達もかさを持ってきておらず、急な雨のせいで雨宿りをするはめになったのです。雨はやみそうもないのに、電話できるところまで行くことができません。 
 そこへちょうど、お兄ちゃんが通りかかったのです。可奈の家からはずいぶん離れていたところでしたので、可奈は不思議でした。 
 お兄ちゃんは今日もスケッチブックを持っていました。雨にぬれないためにでしょうか、ビニールでつつんであります。 
 可奈たちに気づいたお兄ちゃんは、持っていたかさをさしかけたあと、すぐに携帯電話を貸してくれました。まず、友達が、次に可奈が家に電話をしました。二人の電話の最後には、お兄ちゃんが交代してこの場所をくわしく説明してくれました。可奈たちが雨宿りをした場所は、お兄ちゃんの住むアパートのすぐ近くだったのです。
 
 友達が迎えにきたお母さんと帰っていった後のことです。それまでは、お茶の葉っぱの名前やどんな絵を描いているのか、そんなことをずっと話していたのでした。お兄ちゃんはレモンバームの他にもいろいろな種類のハーブを知っていましたし、絵はパソコンで描いているということでした。
 
でも、大事な話を可奈はしなくてはなりません。お兄ちゃんは覚えていてくれるでしょうか? 可奈はどきどきしながら、口を開きました。
「お兄ちゃん、あたしね、あたしの家の井戸の中に星が落っこちてると思うんです。急に砂がふってきたから、出られなくなってるみたい」
 お兄ちゃんはしばらく考えたあとにこう言ってくれたのです。
「……その星は可奈ちゃんのお家の井戸を気に入っているんじゃないかな。どんなすきまからも星は出て行けるからね」
「でもね、あんまりきらきらしてないときもあるから、心配なんです!」
 可奈はすっかりうれしくなって続けました。夢の中で見た星のきらめく様子や、図書館で星について調べたこと。夏休みに星の観察をしようと思っていること。家でお父さんやお母さんに話すよりも、もっともっと話しました。
「あたしも、真昼の星を見てみたいなあ」
「毎日、可奈ちゃんも見ているんだけどね」
「えっ、そうなんですか?」
「うん、その星がないと真っ暗でみんな困ってしまう」
 可奈はうーんと考えて、気づきました。
「太陽!」
 二人で笑いあったとき、チャイムの音が響きました。