真昼の星 2
五月の連休も終わって夏が近づいてきました。昼間は太陽がきつく照りつけ暑いぐらいです。
可奈は学校からの帰り道を友達と歩いていました。
休み時間や帰り道に友達とはいろいろな話をします。「昨日見たテレビおもしろかったよね」とか、「今日は体育があってサイテーだった」とか。
「担任の先生の格好がおもしろかった」とか。「もうすぐ、プールがはじまるね」とか。
でも、家にあった井戸がうめ立てられた話はしたことがありませんでした。
「じゃあ、明日ね」「バイバイ」
友達と別れて可奈はひとりになりました。ひとりで歩く道が10分ぐらいありました。登校のときは自分と違う学年の子たちも一緒ですけれど、帰りは同じ学年の友達と帰るからです。
可奈の家の近くには、同じ学年の子どもがいませんでした。
いつものように可奈は水田にうつる雲を見ながら歩いていました。
水がはられただけの田んぼは、空を映して湖のようにきらきらと輝いています。
可奈の探しているものも、そこにあるような気がしました。
農作業をしている近所のおじさんやおばさんに可奈は大きな声であいさつします。
すると、同じぐらい大きな声で返事が返ってくるのでした。
家のすぐ近くまで来たときです。
可奈の知らない男の人が、田んぼをぼんやりと見つめていました。
可奈がいつもしているように、たまに空を見上げ、そしてもう一度田んぼに目を戻しています。何か失くしたものを探しているようにも見えます。
「こんにちは」
可奈は大きな声であいさつしました。
その男の人は目をわずかに大きくして「こんにちは」とつぶやきました。背は可奈よりもずいぶんと高いのに、何だかあまり力強そうには見えません。もうずいぶんと暑いのに、厚手の長袖をきっちりと着込んでいました。
可奈はそのまま通り過ぎようとしたのですが、なぜか足をとめていました。
「何か失くしたんですか?」
男の人はぼんやりと田んぼを見つめたまましばらくたってから「なぜそう思うの?」と言いました。
その姿はなんだかとても哀しそうに見えました。
「何か探しているように見えたから」
だから、可奈は正直に答えました。知らない人と口を聞いてはいけないとお母さんから言われていましたが、この人は悪い人ではないと可奈は思ったのです。
「そうだな。知っているかい?深い井戸の底にはね、昼間でも星が見えるんだよ。僕が探しているのは、そういうものなんだ」
星が見える?井戸の底に?可奈はびっくりして男の人を見上げました。この人は、可奈の家に井戸があることを知っているのでしょうか。だから、井戸の話をしたのでしょうか。
「井戸の底には星が見えるんですか?」
「星はいつでも見えるんだよ。今だって、大きな望遠鏡があれば見ることができる。だから深い井戸の底にはその光が映るんだ」
可奈は空を見上げました。太陽がまぶしく、雲ひとつない快晴です。夜にしか見えない星がどこにあるというのでしょう。
疑問に思っているのを察してか、男の人は説明してくれました。太陽の光が明るすぎて、他の星の光をかくしてしまっていること。本当は空には星たちが小さく輝いていること。
可奈はその男の人に、自分の家の井戸がうめられてしまった話をしました。そして、不思議な夢の話もしました。最後にきっとその光は星にちがいないと思うとつけ加えました。
男の人は真面目に聞いてくれて、星がきゅうくつな思いをしていなければいいねと言ってくれたのでした。
その夜、可奈はまた夢を見ました。
井戸が埋められたあとに見た水の中を歩く夢です。可奈にはそこが井戸の中だということがもう分かっています。
可奈は光を探してまわりを見渡しました。しばらく歩くとぽんやりとした灯りが見えてきます。ゆっくりと近づいてその光を手の平にのせました。思っていたとおり、やっぱり真ん中は小さな星のかたちをしています。
その星はときどきちらちらと光って、砂糖のような粒をあたりにとばすのでした。そうすると、水の中がぼうっと光ってなんともいえない不思議な光景が広がるのです。色は何色と言ったらいいのでしょう。白くなり、淡いオレンジとなり、水色になり、この世にあるすべての色に光っているようでした。
でも、残念なことに暗い灰色になって、まったく光らなくなるときがありました。まるで、どこか悪いみたいです。昼間出会ったお兄ちゃんが言っていたように、砂でうめられてしまっているのできゅうくつなのかもしれません。
今度お兄ちゃんに会ったら聞いてみようと、可奈は夢の中で思ったのでした。