真昼の星

 

「お母さん、今日のお話は?」
 ななちゃんは寝る前にいつもお母さんにせがみます。
 そうすると、おかあさんは素敵なお話を聞かせてくれるのです。
「今日はどんなお話を聞きたいかな?」
「お父さんのお話!」
 ななちゃんは元気よく答えました。
「そうね、今日もお父さんのお話をしましょう」
 お母さんは一冊の本を取り出して、読みはじめました。

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可奈の家の裏には、古い井戸がありました。
 高い木々の真下にあるので、落ち葉がたくさん積もります。近づくと冬には足元でぱりぱりと葉っぱがくだける音、それ以外の季節には緑のにおいがたちこめているのでした。その古い井戸は囲いはしてあるのですが、今は使われていません。ただ、何かあったときのために大事にされています。
 例えば、お正月の前に必ずおもちをお供えするのです。それは、小さいころから可奈の仕事でしたが、どうしておもちをお供えするのか、可奈はとても不思議でした。
「水神さまがいるのよ」とお母さんは可奈に教えてくれました。
 井戸にはふたがされていて、中をのぞくことはできなかったのですが、可奈はそこには水神さまがいるとずっと信じていました。
 だからでしょうか。可奈は川や湖や今はめったにありませんが井戸をみると、のぞき込むくせがありました。本当に小さいころから、小学5年生になった今でもついそうしてしまうのです。
(自分でも何を探しているのかな)と思うときもありました。

 可奈が5年生になってしばらくたったころです。
 大きな樹が家に影を落としているのはよくないということから、庭にいろいろと手を入れることになりました。そのときに、井戸もうめられることになったのです。
 可奈はそれを聞いて反対しました。そんなことをしては絶対にいけないとなぜか思ったのです。
 でも、可奈が学校に行っている間に、井戸は砂でうめられてしまいました。涼しい陰を作ってくれる木々も枝が落とされずいぶんとすっきりしています。井戸には日差しもあたるようになり、まるで別の場所のようでした。
 井戸がすぐに掘って使えると聞かされても、可奈はずっと腹をたてたままでした。
 そんなときです。
 可奈は夢を見ました。
 いつもの学校の友達や家族が出てくるような夢とは全然違っていて、すぐにこれは夢だと分かりました。 夢の中は、真っ暗で何か不思議な音がしています。しばらくして、可奈はそれが水の中で聞こえる泡の音だと思いました。プールにもぐって聞く感じとよく似ていたからです。
(じゃあ、ここは水の中?)
 可奈はふわふわと真っ暗な中を歩き続けました。本当は歩いているのか、浮かんでいるのか分かりませんが、とにかく前に進んでいるのです。しばらく進んでいると、すこしずつ遠くに明るい何かが見えてきました。可奈はその灯りらしきものを目指して進んでいきます。
 その灯りは丸い形をしています。近づくとぼんやりと明るくなったり、少し暗くなったりしているのも見えてきました。
(何なのかなあ?)
 可奈はそっと手を伸ばしました。小さな丸い光は触れても少しも熱くありません。ただ、ほのかにあたたかく、触れているだけでとてもいい気持ちになりました。可奈はその光をそっと手の平にのせました。小さな光はまるでホタルのようでした。そして、初めてふれるものなのに、とてもなつかしいのです。
 可奈は夢から覚めたあとも、手の平にほのかなあたたかさが残っているような気がしました。