蘭と買い物に来るのは随分久し振りで、それが女性の洋服売り場ともなると久し振りどころか初めてで、新一は何処となくそわそわとしてしまう。 そんな新一の様子にお構いなく蘭は行き付けのブランドで何やら騒々しい店員とスカートの話題で盛り上がっている。 蘭が手に持っているのは細かい花柄がプリントされた落ち着いた色合いのスカートとデニム地を継ぎ合わせたようなスカートだ。 どっちも似合ってんのに、なんで悩むんだろう? いまいち女心の分かっていない新一がぼんやりとその光景を眺めていると、不意に二人が新一に向き直った。 「ね?シンはどっちが良いと思う?」 「・・・」 大変答えに悩むような質問をいきなりされても困る・・・ 言葉に詰まった新一に店員が助け舟を出す様に必要以上に大きな声で余計な事を言う。 「彼氏さんが着て欲しいなぁって思う方を答えれば良いんですよ!」 その瞬間、蘭は本当に大輪の花が綻ぶようにふんわりと笑った。 思わず目を奪われるような笑顔で思わず脱力したくなるような言葉。 「あ、それ弟です。」 「え?」 まじまじと新一を見てその店員は言葉を失い、救いを求める様に蘭を見る。 「ご兄弟の割に似てませんね・・・」 「そうですか?私が母に似て弟は父に似たんです。」 もっともらしい嘘を楽しげにつく蘭。 「羨ましいですね。弟さんが買い物に付き合ってくれるほど仲が良いなんて。」 「そうですか?しょっちゅう喧嘩してますけど。」 これは本当の事。 幼馴染の気安さからどうでもいい事でも直ぐに口喧嘩に発展してします。 まあ、本人たちはじゃれあっているような感覚ぐらいしかないのだが。 「格好良い弟さんですね!結構自慢なんじゃないんですか?」 その言葉に蘭は検分するような視線を新一に向ける。 脚の先から頭のてっぺんまで眺めてぐさっとくる一言。 「全然!私に迷惑掛けてばかりなんですよ。うちの弟。しょっちゅう心配掛けるし約束破るし!」 「そうなんですか?私だったらこんな弟いたら友達に見せびらかすのになぁ。」 彼氏ではなく弟だと蘭が言った途端、妙にねちっこく感じるようになった店員の視線から逃れる様に顔を逸らす。 結構露骨な行動で店員のモーションを跳ね返しているのに蘭はちっとも気が付かない。 「で、シン。結局どっちが良いと思う?」 新一の目の前に二つのスカートを広げて見せながら蘭がもう一度新一に尋ねる。 「どっちでも似合う」と言うべきか否か悩む所だが、そんな事を言えばきっと蘭は「まじめに考えてない」と膨れるに違いない。 一度それで失敗している新一は、二つのスカートを頭の中で蘭に着せながら、デニム地のスカートを指差した。 「こっちかな?」 「そう?じゃあ着てみるね。」 蘭が試着室に消えると、新一は店内に唯一の男性として大変居心地の悪い気分を味わう羽目になる。 他の客の視線が痛い。 ポケットに両手を突っ込んで立っていると、先ほどの店員がすすすっと新一の傍にやって来た。 「おねーさんの買い物なんてつまんなくない?」 こんな声が本当に自分で可愛いと思ってんのか疑いたくなるような猫撫で声。 下心丸見えで新一は警戒して身構える。 「楽しいですよ。」 「ええっ!うっそー。今時珍しー。」 「・・・」 真面目に受け答えするのが馬鹿らしくなって来た新一は、早く蘭が試着室から出て来ないかとそちらに視線を移す。 店員はそんなつれない新一の態度にも気がつかずに自分勝手に喧しく話しかける。 「ね?彼女とか居る?この後暇だったら遊ばない?私午前シフトだからあと10分もしたら抜けられるからさぁ。」 はっきり言わないと分からないらしいな。 新一は店員に向き直るときっぱりと言い放った。 「俺シスコンだから、ねーさん以外の女なんて全員かぼちゃにしか見えね―んだよ。」 丁度試着室のカーテンが開けられたので、新一は後も見ずにそちらに歩み寄る。 残されたのは呆然とした店員だけ。 「結構一杯買っちゃったvv」 ロイヤルミルクティを飲みながらほくほくと嬉しげに顔を綻ばせる蘭は、3時間も歩き回ったと言うのにちっとも疲れた表情を見せない。 新一は専ら蘭の荷物持ちに専念していたが、それでも蘭に連れられて入ったメンズブランドで何点か洋服を買っていた。 自分で選ぶ物と蘭が選ぶ物にはやっぱり違いが有って、新一は蘭に薦められるままに滅多に買わないデザインのセーターとスタンドカラーのシャツを買った。 でも蘭が見立ててくれたという事だけでその洋服に既に愛着を持っている自分がおかしくて、新一は脇においてある紙袋に目をやった。 今度蘭と出掛ける時に着て行こう。 「どうしたの?」 「別に。それより次はどうする?」 「映画見に行こうよ!先週から公開してるアクション物が良い!」 「相変わらずそう言うの好きだなぁおめぇ。っ痛ぇっっ!!」 テーブルの下では蘭のショートブーツの踵が新一の足の甲にめり込んでいた。 「『おめぇ』じゃなくて『お姉さん』でしょ?まったく口が悪い『弟』なんだから!」 「・・・手加減してくれ、頼むから。」 新一は痛みの為か掠れた声を喉の奥から絞り出して蘭を見たが、蘭はぷいっと横を向いて取り合ってくれない。 新一は深深と溜息をつくと残っていた珈琲を飲み干した。 これは結構手強い。 映画を見ている間に機嫌が直れば良いんだけど。 |