なんかガキの頃みてぇ。 俺は蘭に窓際の椅子に座らされて、何やら髪型を弄られている。 『変装』って言っても対した事は無く眼鏡を掛けて髪形を弄る程度のことらしい。 昔服部が俺の変装したみたいにドーラン塗って化粧してなんて言われなくて本当に良かった。 心底そう思ってから、新一はふと恐ろしいことを考えてしまった。 ・・・『妹』になれって言われなくて良かったな・・・・ 蘭の事だからこんな発想間違ってもしないだろうが、悪知恵の働く人間なら俺をもっと効果的に苛める事が出来るだろう。 蘭のやる事って何だかんだいって全般的に可愛らしいと言うか優しいと言うか、微笑ましいもんなんだよな。 いきなり冷たい物が頭の地肌を擽ってびくりと身を竦ませた。 「何だよ!」 「ムース。知的な感じがするようにちょっと前髪セットしよう。」 「その言い方だと今は『知的』じゃねーみたいじゃねーか。俺は充分知性派だぞ。」 「変装するからには本格的にやったほうが良い?髪切るとか?」 「・・・大人しくしてます。」 「分かれば良いのよ。」 何を言っても敵わない。 全くこいつは無敵だよ。 蘭の細い指先が髪を梳くのが思いの外気持ち良くて、もう少しこのままで居たかった新一だが、あっさりと蘭は手を洗いに洗面所に行ってしまった。 長く続かなかった幸せな時間の余韻を味わいながら机の上に用意してあったフレームレスの眼鏡をひょいと鼻に引っ掛ける。 鏡を覗き込むと確かに知的な雰囲気の漂う一見大学生風の男が映っていた。 まぁ、じっくりと覗き込まれない限り工藤新一だとは気付かれまい。 戻ってきた蘭は新一の姿を見て一瞬その動きを止める。 「なんか変か?」 「や、別におかしく、ないよ・・・」 歯切れ悪く顔を逸らす蘭に新一はちょっと不安になる。 気に入らなかったのか? しかし注意深く蘭を観察してみると耳が真っ赤で戸惑った様に瞳が揺らめいている。 これって別に気に入らなかった訳じゃないよな? 普段の名推理は何処へやったのか、自信無げに自分に問い掛ける新一。 「なんか、別の人みたい。」 漸くポツリと蘭は呟いた。 「そうか?そんなに変わってねーけどなぁ?」 「そうだ。いつもみたいに『新一』って呼ぶと気が付く人が居るかもしれないからなんか偽名をつけようよ。」 意図的に話題を逸らされた様な気がしたが、別に拘る理由もない新一は偽名の話題に考えを移す。 「・・・変な名前にするんじゃねーだろうな?『推理ノ介』とか・・・」 コナンの頃に嫌と言う程聞いた蘭が新一に付けたニックネームを出してみると蘭が軽く眉を上げる。 「呼ぶ方も嫌じゃない。そんな名前付けたら。」 「ごもっとも。」 「うーん。単純だけど『新一』からとって『シン』にしよう。これなら私の名前と似てるしますます姉弟みたいじゃない?」 「そうだな。『モウリシン』なら響きもおかしくねーし。」 「・・・今、棒読みしたでしょ?」 「どう感情込めて読めっちゅーんだよ!」 「今日1日貴方の名前になるのに、もっと愛情持っても良いんじゃない?」 「はいはい!分かりましたよっ!」 新一はコートを手に取るとリビングの扉を開ける。 「さ、もう行こうぜ!」 「うん!」 たたたっと駈け寄ってくる蘭がどちらかと言うと兄の後を付いてくる妹みたいに無防備に見えてつい小さく笑みを漏らしてしまう。 例え『姉』と『弟』でもこれから楽しいデートなのだ。 新一だって高揚する気分を隠しきれずに態度の端々に覗かせながら、木枯らしの吹く中二人は新一の家を出た。 |