日曜日。 外はピーカンの天気。 雨の確立10%の休日、蘭が新一の家にやってきた。 新一は珍しく朝早くから起きだし、掃除やら洗濯やらを済ませ、戦々恐々と蘭を待っていた。 きっと何かしらとんでもない事が俺の身に振り掛かってくる。 そんな予感が新一の落ち着きを奪っていた。 「感心感心。ちゃんと逃げずに待ってたのね。」 冬だと言うのに思い切りの良い、ついでに言えばサービスの良いミニスカートにショートブーツを履いた(今は脱いでいるが)蘭はご機嫌な様子新一の出した紅茶を飲んでいる。 「当たり前だろ。逃げてどうする?!」 「そうね。逃げてたら私と新一の仲もおしまいだったわね。」 「・・・」 有り得ない事だが、蘭の口からそんな言葉を聞くと心臓に悪い。 新一は気付かれない様に心臓の辺りをぎゅぅっと押さえ付けて、小さく深呼吸した。 頼むから言葉の暴力について少し考えてくれ。 蘭の何気ない一言に傷つく脆く儚い自分の恋心を思って新一は声には出さずに呟く。 二人は優雅に朝からティーブレイクをしていたが、この為に集まった訳ではない。 「で?俺は何をすればいいんだ?」 珈琲一杯分飲み干してからとうとう新一が切り出した。 「今日1日買い物に付き合ってくれればいいの。」 「・・・それだけ?」 用心深く新一が尋ねる。 どう考えたってこれだけじゃないとは思うのだが、確認の意味で一応。 リビングを横断して蘭が新一の傍までやってくる。 なんだかとても楽しそうだ。 「ふふっ。条件があるの。」 来た! その『条件』こそが恐らく蘭の本命だ! 身構えながらも、覚悟だけはしっかりと抱き締めて新一は蘭の次の言葉を待った。 気分は裁判官に判決を言い渡されるのを待つ被告人。 「今日は1日、新一は『毛利新一』になるって事!!」 蘭の可愛らしい声がリビングで弾む。 余程新一が間抜けな顔をしていたのか、蘭がくすくすと堪え切れずに笑い出す。 「やぁだ!ちゃんと起きてる?新一。」 「起きてるよ・・・」 おいおい、『毛利新一』って何だよ。 男の苗字が変わる事態はたった一つだぞ。 ・・・って、これ。まさか。そういう事なのか? ええっ!ちょっと待ってくれ。 まだ早いんじゃないか?! そもそも俺からそういう事はだなぁ!やっぱ言いたいんだけど! 男の面子ってゆーか、プライドってゆーかっ! 「もしもし?しんいちー?しっかりしてよぅ!」 蘭が膨れっ面で悶々と考え込んでいる新一の事を睨んだ。 新一が呆然と見返す。 「今日は1日新一は私の『弟』って事だからね!おねーちゃんに絶対服従だからね!」 「はぁっっ?!」 なんか変な単語が耳に入ってきたんですけどっっ?! 「何今更吃驚してるのよ?さっきからそう言ってるじゃない。」 「『おとうと』って、あの兄弟の『弟』の事か?」 聞き違いであって欲しいというささやかな新一の願いは蘭によって却下される。 それはもう嬉しそうに。 「それ以外にどの『弟』があるって言うのよ。」 「・・・俺、お前より誕生日早いぞ。」 「そんなの知ってるわよ。」 「・・・なんで弟・・・」 「コナン君みたいに可愛い声で『蘭おねーちゃん』って呼んでね♪」 黙り込む新一に追い討ちをかけるように蘭が注文をバンバンとつける。 「有名女優の有希子おばさんの息子だから弟になりきるくらい簡単だよね。一応設定は一歳年下で姉想いの弟が、1日買い物に付き合ってるっていう感じね。」 「蘭?ちょっと・・・」 「違うでしょ?『蘭おねーちゃん』!!」 「今更、そう呼べってか?」 それはとっても恥ずかしいのだが・・・ 何よりも蘭の事姉になんか一時でもしたくねーぞ! 「ふふん。結構キツイでしょ?新一にはこういう罰ゲームの方が効くのよね♪」 「良く分かってるじゃねーか・・・」 無茶苦茶『罰』として有効なこの蘭の提案になんだか地の果て迄体がめり込みそうだ。 今日1日蘭と一緒に過ごすのは嬉しいけど『蘭おねーちゃん』って呼ぶのかよ?人前で。 勘弁してくれよー。 頭を抱えて唸る新一の髪の毛を摘んで引っ張る蘭。 「・・・何?」 「結構新一って世間一般に顔知られてるんだよね?少し変装しようよ!」 「おいおい・・・」 「やっぱり眼鏡?」 「・・・遊んでるだろ!俺で!」 「分かった〜?」 蘭の瞳が楽しげに新一を映す出す。 蘭が楽しそうだと俺も楽しいかも・・・ 唐突にその事実に気がついてしまって新一は前後脈絡無く頬を赤く染めた。 うわぁ!俺って単純じゃねーか。 ――― 絶対蘭には知られたくない。 だから精一杯しょうがないなぁという振りをして、立ち上がって敗北宣言をした。 「分かったよ!おめぇの好きにしろ!」 |