「最終シーン行きまーすっっ!!スタンバッって下さい!」 アシスタントディレクターの大声がスタジオ内に響き渡り、場の空気が緊迫したものとなる。 青子と蘭は邪魔にならず、かつセットが良く見える場所に移動し固唾を飲んで見守っている。 新一と快斗はそれぞれ出の位置について合図を待っていた。 「シーン57、アクションッ!」 探偵は静かに部屋の中央に歩み寄る。 依頼人ははらはらと涙を零し残酷な真実を受け止めた。 「うそ・・・神江さんが犯人だなんて・・・」 全てが白日の下に晒されたというのに神江は慌てもせず黙ってその場に立ち尽くしている。 その瞳には凪いだ海のような深い悲しみが宿っていた。 「神江さん。貴方は彼女に何か言いたい事が有るのではないのですか?」 探偵が抑えた声で呼び掛けると、神江は小さく頷いて婚約者たる彼女の小さな手をそっと取った。 「貴方に言い訳したくは無いのです。ただ貴方を不幸にはしたくなかった。両親の仇も取りたかった。 全ての元凶は、あのダークメシアなんです。」 神江の視線の先には禍々しい光を放つ大粒のダイヤモンド。 古く言い伝えられる伝承そのままに3人もの命を奪い去った凶星。 探偵は痛々しい瞳を抱き合う恋人たちに向け小さく吐息を吐く。 その側には今回の事件を担当した片桐警部がやはりやりきれないという表情を浮かべて立ち尽くしていたが、ふと思い出したように隣の探偵に耳打ちする。 「そう言えば怪盗ジーンは今回は現われなかったな?」 探偵は警部の顔を見上げ囁いた。 「既に来てますよ、警部。気を利かせてるんですよ。おそらくね。」 「なん、だって・・・?!」 「そうだろ?怪盗ジーン!!」 その呼び掛けに呼応するように天井高く取り付けられた両開きの明かり窓からすらりとしたシルエットが姿を現す。 その場にいた誰しもがその突然の登場に言葉さえ忘れ息を呑んだ。 風に翻る白いマント。 大きなシルクハットとモノクルに隠されたその素顔は、誰にも窺い知る事は出来なかった。 世紀末の大怪盗は、ゆっくりをその両手を広げた。 「紳士淑女の皆さん。突然の来訪で驚かせてしまって申し訳有りません。」 甘いテノールが風に乗って空気を震わせる。 「悲しい夢しか見せない”ダークメシア”をこれ以上世に存在させるなんて無粋な事は止めましょう?」 ゆっくりと広間に集まった面々を見渡す怪盗。 それを黙認する探偵。 二人は一瞬だけ視線を絡ませた。 「・・・ダークメシアは私が頂いて行きます。」 怪盗の良く磨かれた靴がふわりと窓枠を離れる。 白い軌跡を描くマント。 猫のような敏捷さと英国貴族のような優雅さで怪盗は広場へと降り立った。 スイッチが入ったかのように一斉に怪盗に向かって突進する警官を、無駄の無い動きで躱し一気に展示台に詰め寄る白い紳士。 探偵は迷わず一直線に怪盗の逃走経路に飛び込む。 手品のようにガラスカバーを外す事無くその手に星を収めると、怪盗は突進してきた刑事の足をひょいと引っかけ横に大きく身体を反転させる。 その整った顔立ちに笑顔さえ浮かべてテラスへと続く窓へと音も無く走り出す。 前方には探偵。 一瞬のうちに表情を引き締め怪盗は探偵に蹴りを一閃させた。 探偵は前方に身体を倒し躱すと、右足を跳ね上げる。 その先には怪盗の顎。 間一髪でそれを外し、探偵の腕を絡め取りそのまま投げに入るが、とっさに身体を反転させて逆に膝蹴りを繰り出す探偵。 息も付かせぬ攻防は怪盗が探偵に投げられるままに身体を大きく回転させ窓の側に奇麗に着地した事によって終わりを告げた。 「本気を出してませんね?探偵さん。・・・また会いましょう。」 不敵な笑みを残して怪盗は窓の外にその身を躍らせた。 「次は、容赦しねーよ。」 探偵は小さく笑みを零した。 漸く駆け寄ってきた片桐警部に探偵は向き直る。 「逃げられたかっ!くそっ!」 「・・・今回は、良いんじゃないですか?あれが無い以上第4の殺人は立証されませんから。」 「・・・」 警察という立場上片桐警部は何も答えなかったが、その気持ちはおそらく探偵と同じものだろう。 これ以上悲しき運命を背負った神江に罰を与えたくはなかった。 探偵は窓に見える小さな星々に目をやった。 幽かな瞬き。 「今回は感謝するぜ。怪盗ジーン。」 呟きは誰の耳にも届かない。 |