「彼が良いんじゃないですか?」 突然張りのあるバリトンが広いスタジオ内に響き渡った。 指差された先にいるのは理性と本能の狭間で葛藤していた新一。 一人事態を把握していない新一を余所に周りの人間はその言葉に賛同の意を表している。 「何?」 手短に蘭に尋ねると蘭はどうして良いのか分からないといった表情で呆然と呟いた。 「新一を、怪盗役の代役にって・・・」 頭が真っ白になる。 たっぷりと2分は絶句していた新一は、目の前に監督が立って肩を掴まれて漸く正気付いた。 「君!体格といいルックスといい怪盗キッド役にぴったりだよ!是非代役を頼む!!」 熊のような手で身体を揺さぶる監督に新一は絞り出すような声で答えた。 「お断りします。」 なんで!俺が!元ライバルの憎ったらしい犯罪者の役なんかやらなきゃなんねーんだよ! 死んでも御免だ!! 「なぜなんだ!!もう君しかいない!!!」 涙を流さんばかりに懇願されても新一は頷かない。 ふと横を見ると快斗が策士の顔で笑っていた。 あのヤローっ!謀りやがったな! 新一が悔しそうな顔をしたのを目にするとますます嬉しそうな顔をして寄って来た快斗は、監督に強力な助太刀を始めた。 「工藤探偵なら運動神経も抜群だし、何より今回の怪盗役のイメージそのものじゃないですか!クールでハンサム、スマートでストイック!ここは是非とも彼にやっていただきたいですよね!皆さん!」 その声にはカリスマ的な韻があって大衆を上手い具合に誘導する。 こんな所で元怪盗キッドの手練手管を披露されても新一はちっとも嬉しくなかった。 場の雰囲気が新一の望まない方向へと流れ出す。 更に煽る江神。 「探偵と怪盗の対決シーンを際立たせるには絶好のキャストですね!さすが監督は目の付け所が違います。」 新一は快斗とグルらしい江神に睨み殺すかのような鋭い視線を向け、ゆっくりと顔を覆った。 どうやってこの状況を打破するか。 しかしそこに鶴の一声が。 「新一が白いスーツ着て怪盗役やるの?ちょっと見てみたいかも・・・」 それは注意しなければ聞き取れない程のごく小さな声だったが、幸運にも新一の耳には辛うじて届いてしまった。 ぱっと振り向くと、聞かれた事を悟って蘭が頬をピンク色に染める。 新一はそれを目に出来た勢いでつい言ってしまった。 「分かりました。」 惚れた男の悲しい性か・・・ 「黒羽。おめー覚えてろよ。」 「IQ400の俺様が忘れるわけねーじゃん。」 「ったく!どういう手を使って脚本に手を入れさせたんだ?」 「其れは企業秘密。」 「言ってろ。」 ぶつぶつ文句を垂れ流しながら用意された白いスーツに袖を通す。 何故かぴったりで訳も無く落ち込む新一に江神はモノクルを手渡しながら微笑む。 「お似合いですよ、工藤探偵。」 「言わせて頂くと、それは誉め言葉じゃ有りません。」 「・・・」 公明正大に文句の言える立場に無い快斗が顰めっ面をするのを溜飲の下がる思いで見た新一は、手渡された脚本を見て顰めっ面をした。 「ザマーミロ。」 けけけっと快斗が憎たらっしく笑い声を上げるのを新一は拳を繰り出して止めさせた。 「なんだこれは・・・」 「見ての通り華麗なる怪盗の登場シーン&退場シーン。」 「普通スタント使うんじゃないのか?」 「時間が有りませーん!」 「てめぇ。」 新一が脚本を投げつけるのを器用によけた快斗は挑発的に唇を吊り上げた。 「出来ないの?工藤探偵君?」 「・・・」 無言で鋭い視線を投げつけ新一は無言で部屋から出て行った。 残された快斗は、江神に笑いかける。 「素直じゃねーよな、探偵さんは。」 |