「あいつ・・・何だってこんな所に来てんだよっ?!」 快斗は地団太を踏みたい思いで頭を掻き毟った。 「どうしたの?黒羽君?」 共演の犯人役の江神が突然の快斗の奇行に穏やかな声を掛けてきた。 「ははは。会いたくない奴が約一名、何ー故ーかそこに居るんですよっ!」 「どの人?」 興味を示した江神に快斗は無言でセットの右横に居る澄ました面をしている新一を指差す。 「へぇ。噂の工藤探偵じゃないか。知り合いなの?」 「不幸な事に。」 不機嫌な顔を隠す事無く快斗はぶすっとした声で告げると江神は意外そうな顔をした。 「君みたいに誰にでも人当たりの良い生来のエンターティナーが嫌う人物には見えないけどねー。」 「・・・まぁ色々有りまして。」 「最後の撮り大丈夫?気になるんだったらそのシーンの所だけ出てて貰う?」 「いや、そこまで気を遣ってもらわなくて大丈夫ですよ。 それになんかこっちが逃げてるみたいで格好悪いじゃないですか。」 快斗が力説すると江神はふーんと言う表情で笑った。 「嫌ってるというよりはばりばり意識してるライバルって感じだね。・・・違う?」 鋭い観察力に内心舌を巻きながら快斗が無言で頷いた。 江神は視線を新一に移してしばらく観察していたが不意に悪戯を思い付いたような顔でこそっと快斗に耳打ちをした。 快斗の瞳が一瞬不敵な光を映した。 それは怪盗キッドが仕事前に見せた笑顔に良く似ていた。 撮影は定刻通りに再開されたが、何やら様子がおかしい。 最初に気が付いたのは青子だった。 「ねぇ、あの監督さんさっきから何か怒鳴ってるよね。」 「そういえばそうみたい。何かトラブルでも有ったのかな?」 「行ってみようか?」 「うん。」 3人が他の野次馬と同じくセットに近づくと若い俳優が一人こっ酷く監督に怒鳴りつけられていた。 「今更何言ってんだ!こんな事は日常茶飯事だし、この役貰った時に分かりきってた事だろう!!」 「で、でも事務所に言われてっ・・・」 「今日はラストの撮りで、時間も押してるんだ。おまえ一人の都合で滅茶苦茶にするつもりなのか!!」 一方的に怒鳴られていた俳優はとうとうマネージャーらしき人間に連れられて控え室へと消えて行ってしまう。 残された他の俳優と監督、現場の人間は騒然と成った。 「誰だ!あんな腰抜け連れてきたのは!!」 厳つい顔を更に怒気で歪ませて監督が当たり散らすと、涼しい顔で江神が一歩前に進み出た。 「まぁ監督。今日突然あんなアクションシーンをやれといわれても彼には無理ですよ。 それよりもどうするんですか。次のシーンは?その飛び降りるシーンは抜いて彼でやりますか?」 「たかが飛び降りるだけなのになんで出来ないなんて泣き言言われにゃならんのだ。飛び降りるシーンは絶対入れるぞ。脚本の織田先生がそっちが絶対良いものが出来ると言ってるからには曲げられん!」 脇で聞いていた新一が二人の方に小声で話しかける。 「どうも直前で台本が変わったらしいな。俺が貰った一番最初の脚本には飛び降りるシーンなんてなかったし。」 「そうだよね?・・・でもあの役者さん何の役の人だろ?」 蘭が小声で新一に話し掛けると、青子があっさりとその疑問に答えた。 「あの人怪盗役の人だよ。」 「はぁっっ?!!」 新一が思わず大声を上げると周りの人間が一斉に唇に人差し指を当てて睨み付けた。 ばつの悪い気持ちで軽く頭を下げると新一は額を寄せて更に小さな声で喋る。 「いつのまに怪盗役なんて出て来たんだ?」 「どうせならもっと派手にやろうって監督さんが急遽決めたみたい。」 新一は指先が痺れるような嫌な予感が頭を過ぎり知らぬうちに眉間に皺を寄せる。 まさか、その怪盗って・・・ 「・・・その怪盗さんってもしかして怪盗キッドがモデルだったりする?」 「当たり!」 蘭の無邪気な問いに青子が無邪気にアッケラカンと答えた。 脱力して座り込む新一。 「なんかオールキャスト豪華共演って感じだね。」 さすがテレビドラマと蘭は感心したように頬に軽く手を当てた。 このドラマ出来る事ならぶっ潰してーっっ!! 本能の赴くままにそう出来たらどんなに心の平穏が取り戻せるだろう? 本気でそんな事を考えていた本物の探偵に更なる災厄が降り掛かってきた。 |