「・・・なんで黒羽がここにいるんだ・・・」 新一と蘭はプロデューサーに誘われるままに最後の撮りが行なわれるというスタジオに遊びに来ていた。 丁度探偵が犯人のトリックを暴くクライマックスシーンと言う事でスタジオには結構な人数の役者が揃っていた。 蘭などはミーハーに喜んでいたが新一などは醒めた頭でこんなもんかと思っていた。 しかし肝心の主人公たる探偵を目にした途端二人は揃って固まった。 知っている人物が演技をしていたのだ。 「もしかして、黒羽君、探偵やってる?」 快斗は普段着る事のない灰褐色のブレザーに濃緑のネクタイ姿だった。 柔らかく跳ねていた髪の毛も奇麗に撫で付けてあり、口調は冷静沈着そのもの。 普段の黒羽快斗を知る人間からみたら180度のイメージチェンジに驚かない者はいないだろう。 淀みなく語られる台詞は良く通り、堂々とした役者振りだった。 二人は無言でセット内で進行するドラマを見ていたが、やがて蘭がセットの反対側に二人目の見知った人物を見つけた。 「あれ、青子ちゃんじゃない?」 新一が言われた方向に目を遣ると、蘭と良く似た顔立ちの女性がこちらと同じように眼前で繰り広げられるドラマに見入っていた。 何だかはらはらしている。 きっと幼馴染がドジを踏まないかと居ても立ってもいられないのだろう。 新一がその様子を何だか可愛く思って笑いを零すと丁度隣からも小さな笑い声が零れた。 蘭も同じように感じているのだろう。 二人顔を合わせると何だか優しい気分になって柔らかく笑みを交わした。 「はいっ!カットっ!!お疲れ様ですー!これから20分の休憩を取らせて頂きます〜!」 アシスタントディレクターらしき人物が何処か呆けた声で休憩を告げると場は一気にざわめき出した。 これだけの人間が息を詰めてスタジオに居るのだから熱気が篭って少々暑いくらいだった。 新一は蘭を連れて人波に呑まれない様に青子の元へ急いだ。 青子は撮影が一段落ついてほっとしたのか立ち尽くしている。 「青子ちゃん!こんにちは!」 蘭が弾んだ声を掛けると、そこで始めて気が付いたのかぱっと驚いた顔で振り向いた青子は、次の瞬間見てるものを幸せにする笑顔を二人に惜しみなく振り撒いた。 「蘭ちゃん!!見に来てたんだ〜。全然青子気が付かなかったよ。」 「ふふっ。私達もついさっき気が付いたの。」 「見た?快斗がドラマの主人公やってるんだよっ!笑っちゃうよね!」 青子はにこにこと楽しそうに幼馴染を指さす。 話題の人物は何やら台本を片手に共演する俳優と打合せをしているところで未だこちらに気が付いていないようだった。 「笑っちゃうどころか、凄く格好良いじゃない!なんか凛々しくて堂々としてて本物より全然良いよ!」 新一は青子の手前みっともない所は見せられないとぐっとポーカーフェイスを保ったが、心中かなりムッとしていた。 自分の可愛い幼馴染が他の男(元好敵手)を誉めるのは面白くない。 ここで言い返すのも何だか子供染みていて新一の無駄なプライドが邪魔して出来なかった。 「そんな事無いよ!工藤君のほうが本物の貫禄有るし何よりスマートだよね!」 青子がすかさずフォローを入れる。 新一はそれに苦笑いで答えながら微妙に話題の路線を変更する。 「ところでなんで黒羽が俳優なんてやってんだ?あいつマジシャン止めて役者に転向するつもり?」 「ううん。お世話になった人がどうしてもって頼みに来たから断れなかったんだって。」 「新一と良く似た状況だね。それって。」 「しかし何故黒羽?」 新一が尤もな疑問に頭を悩ましていると青子が詳しくその時の話を説明しだした。 「このドラマ工藤君がモデルでしょ?だから、高校生で運動神経が良くて物怖じしない人探してたんだって。 監督さんが思い入れ深くって既存のイメージを持ってる役者さんじゃ嫌だって駄々こねて、それで素人をスカウトしようって事になったんだけど、思うように選考会が進まなくてにっちもさっちも行かなくなった時に、快斗の事思い出したその恩人の制作の人が『彼はどうか?』って提案したみたい。」 「そうだったんだ。でも黒羽君って新一にイメージ似てるからはまり役なんじゃないかな。」 「そうそう!青子もそう思ってるんだ!出来上がるの楽しみだね!」 「うん!」 女性陣二人が盛り上がってる隣で新一は複雑な顔で考え込んでいた。 あいつ変な事企んでねーだろーな? なまじっか変装の名人なものだから俺そっくりに演じてねーだろーな。 そんな事されたら出演のオファーを断った意味がねーもんな・・・ しかし皮肉なもんだ。 怪盗キッドを廃業したと思ったら元ライバルの役とか演じてるし。 新一はからかいの種が一つ出来たとほくそえんだ。 「あ!快斗気が付いたみたい。おーい!快斗ぅ〜!!」 青子が大きく手を挙げて合図を送ると、快斗は手を振り返そうとして新一達に気が付き目を見開いてそのまま凍り付いた。 新一はにやりと人の悪い笑みを浮かべて小さく手を挙げる。 「なんか黒羽君、私達が見てるの嫌みたいだね。」 蘭が快斗の表情を読んで悲しみと戸惑いを含んだ声で新一にそっと囁いた。 それを耳聡く聞きつけた青子がぶんぶんと首を勢い良く振って「そんな事無いよっ!」と請け負う。 「快斗照れてるだけだよ!蘭ちゃんが気にする事無いんだからね!もう、快斗って本当にそう言うとこ駄目なんだから!」 「中森さんの言う通りなんじゃねーのか?ま、あいつが嫌がってるとしたらそれは俺が見てるって所だろうし、蘭が気にする事無いぞ。」 「・・・新一と黒羽君ってもしかして合わない・・・?」 蘭が困ったように首を傾げる。 新一は妙に自信たっぷりに断言した。 「『もしかして』じゃなくてはっきりきっぱり合わない。」 青子と蘭は目をぱちぱち瞬かせて黙り込んでしまい、同時にくるりと後ろを振り向くと内緒話を始める。 「もしかして同族嫌悪?」 「快斗って人見知りとかしないのに工藤君にだけは最初から他人行儀だったよね。」 「そう言えば新一もある日突然黒羽君の事凄く意識するようになってたな。」 「何か快斗やっちゃったのかな?」 「うーん分かんない・・・」 「なんだろう?」 この二人の幼馴染はおそらく一生知る事は無いだろう。 黒羽快斗が怪盗キッドでかつて探偵工藤新一と火花を散らす戦いをしていた事も、互いが必ず潰すと誓った巨大犯罪組織が同一の物だと知り最初で最後のタッグを組んだ事も、そして江戸川コナンと怪盗キッドを同時期に自分の中から抹殺した事も・・・ 全てが終わって互いの実力を認め合いながらも、手放しでそれを表す事が出来ない事も全て秘密のままだ。 新一は内緒話と言う割に良く通る声に声を掛けるべきがどうか悩んだ。 |