巨大ショッピングモールの『アルセ』は中央部分に噴水広場と呼ばれる吹き抜けの広場がある。 この日は丁度ミニイベントが開催されていた。 広場の片隅で軽快な音楽が演奏され、興に乗ったカップルが即席でワルツを踊っている。 一際ごった返したその広場で7人はようやく再会する事が出来た。 「服部。なんだ、そっちはそっちでちゃんと見つけてたのか。」 「おう!なんやその子?」 「中森青子です。」 「あー!蘭が浮気してるー!」 「ちょっと園子!変な事言わないでよっ!青子ちゃんたまたま黒羽君と会ったのよ?」 「ちょっと快斗!蘭ちゃんに変な事しなかったでしょうね。」 「おまえなー。もうちっとマシな事が言えんのか。」 「どうしたの?ご機嫌ね、園子?」 「聞いてーなっ!蘭ちゃん!京極君から電話有ったんよ!」 「本当!」 7人の男女が集まると姦しい事この上ない。 しかし一本の電話の呼び出し音が園子の鞄から聞こえてくるとピタッと皆が口を閉ざした。 「え、嘘?なんで・・・」 園子が慌てて鞄を開けて携帯電話に出る。 「もしもし・・真さん?!え?どうして。」 園子の嬉しそうな声。 「うんうん。今?大丈夫!1時間でも2時間でもOK!・・・だって滅多に真さん電話くれないじゃない! こんなチャンス2度と無いかもしれないから。」 園子は皆の方にごめんなさいと手を挙げると、人の少ない通りの隅に走って行った。 後ろ姿が嬉しそうで嬉しそうで見ているこっちまで感化される喜び様だった。 「びっくりした〜。京極さんから日に2回も電話があるなんて・・・」 「ちょっとはさっきの説教効いたんかな?」 「説教って何の話?」 事情の分からない4人を置いておいて、平次と和葉は二人で意味深な笑いを零した。 ふと快斗が気が付くと、何時の間にかワルツを踊っていたカップルが一人も居なくなっており噴水の回りに広くスペースが取られていた。 「なんか始まるみたいだぜ。」 その声に6人が背後を振り向くとイベンターらしい背広姿の男がマイクを片手に中央に進み出て来た。 「今宵の月は満月。こんな夜にワルツなど踊ってみては如何でしょうか?」 思わせぶりな台詞とバックに流れるムード音楽。 何が始まるんだと興味津々の見物客の中から突如歓声が上がった。 広場の中央に面したカフェから獣面をつけたタキシード姿の男性が出てきたのだ。 「・・・美女と野獣の劇でも始まんのか?」 新一が面白そうな声で呟くが、その予想は外れていた。 なぜなら広場に進み出てきた男性は一人ではなく10人程だったからだ。 皆がすらりとした長身に洗練された身のこなし、そして恐ろしげなオオカミやライオン・豹などのマスクを被っていた。 「ワルツを踊れない方も安心下さい。彼らが巧みにリードしてくれます。」 イベンターがゆっくりと周りを見回して高らかにアナウンスする。 「今宵の満月の光を浴びて獣へと姿を変えた憐れな彼らとどうかワルツを踊って下さい!!」 ワァァっと上がる歓声。一際若い女性の黄色い声が響き渡った。 「女ってこういうイベント好きやなぁ。」 平次が半ば呆れ口調で言うと和葉がすかさず後ろ頭をはたく。 「ロマンチックやないの。ほんま男ってこういうムード知らへんなぁ 。」 「彼らが貴方方の中からパートナーを選びます。選ばれた女性は怖がらずに前に出てきて下さい!」 イベンターの声を合図にビースト達はゆっくりと今宵の仮初めのパートナーを探し出す。 一人、二人と選ばれる度に上がる歓声と拍手、悲鳴。 なーんか嫌な予感が3人の男性の間に流れる。 「パートナーに選ばれた女性に恋をしている男性諸君!指をくわえて連れ去られるのを見ていたくないならばどうぞ彼女とごいっしょに中央に進み出て下さい! 遠慮は要りません。彼らはその傍らに恋する男性が居る女性を無理矢理パートナーにする事はありませんから!」 弾んだイベンターの声に気を良くしたギャラリーが口笛を鳴らす。 最初に目をつけられたのは和葉だった。 オオカミのマスクを被ったタキシード姿の男性がすっと惚れ惚れするようなタイミングで右手を差し出す。 「え?あたし?」 和葉は呆けてその差し出された手をじっと見詰めてしまう。 4人の視線が一斉に平次に向けられる。 「な、なんや。お前等皆して俺の方見て・・・」 和葉も戸惑ったような視線を平次に向ける。 「当然、服部君和葉ちゃんとワルツ踊るよね?」 青子が弾んだ声を出すと、快斗もにやりと頷いて平次を小突く。 「負けてらんねーよなー。ほらちゃんと手を引いてやらないと!」 「服部、何呆けっとしてんだよ。遠山さんに恥かかせんなよ!」 新一に背中を突き飛ばされ平次は和葉の前によろめき出る。 狼男はそれを見取ると和葉に一礼して次のパートナーを探しす為に歩み去っていった。 残された平次は回りのプレッシャーに押されてぎくしゃくと和葉の手を取るとやけっぱちに中央に進み出ていった。 蘭がその光景を羨ましそうに眺める。 新一は蘭の様子を盗み見て、それから視界の端に映った人物を見て、覚悟を決めた。 蘭の方に歩み寄ってくるライオンの男が蘭に右手を差し出すと同時に、新一は蘭の肩を押して中央に歩き出していた。 「早ーっ!さすが名探偵はやる事がち・・・」 おどけた調子で言う快斗だったが、その台詞を最後まで言う事が出来なかった。 青子に差し出された右手の主を見て唸る。 嫌な予感って奴は外れる事が無い。 眉を寄せて唸る快斗に悲しそうな顔を一瞬見せた青子が、その手を取ろうとした瞬間。 「アイツ等だけに恥ずかしい思いさせるのも可哀相だしな。」 独り言のように小さな声で言い訳をする快斗は無造作に青子に手を差し出す。 夜が明けるように次第に晴れやかな笑顔を見せた青子は快斗の手をぎゅっと握った。 「うん!」 軽快な3拍子に合わせてカップルがくるくる踊る。 ビーストを相手にしていない女性はたった5人しか居なかった。 「新一。ワルツ上手ね。」 蘭が小さく笑うのを間近で見ながら新一が小さく囁く。 「父さんとかが煩いんだよ。出来た方が何かと良いってね。」 「ふーん?」 細い腰に軽く添えた手に力を入れて蘭をターンさせる。 「蘭こそ足も踏まずに踊れてるじゃないか。」 「気を付けてるもん。」 「そうか。」 蘭を巧みにリードしながら「ワルツも悪くない。」と思う新一だった。 「ちょう、待って、目が回る・・っ!」 「そないな事言っても、急には止まれへんで?」 余裕の表情で平次が笑う。 あ、遊ばれてる・・・平次ごときにっ! 和葉は悔しくてすぐ近くにある顔をきっと睨み付けるが、平次は涼しい顔で踊り続ける。 腕の中でくるりと回る和葉のポニーテールが可愛いなぁと平次は笑った。 「きゃーっ!楽しい!」 青子が歓声を上げて全開の笑顔を見せる。 「良かったな。青子。」 快斗がにかっと笑っても素直に「うん。」と弾んだ声で返事を返す。 いっつもこんなに素直だったら事は簡単なんだけどなー。 心の内で苦笑しつつワルツに不慣れな青子に合わせてステップを踏む快斗。 普段は素直じゃ無い快斗も、今だけは素直な気持ちで青子に優しい笑顔を向けるのだった。 「うん。それでね。皆は今ワルツ踊ってるよ。・・・ふふっ。上手よ皆。」 園子がその光景を輪の外から見ている。 「真さん踊れる?・・・踊れないの?私が教えてあげる!・・・大丈夫、真さんならすぐ踊れるようになるよ!」 電話の向こうで困惑した声。 園子は楽しい気分で電話の向こうに話し掛けた。 「ね、今度ワルツ踊ろう?」 |