「皆どこ行っちゃったの〜。」 きょろきょろと辺りを見回すが、一緒に居た筈の3人の姿は見えない。 「どうしよう。青子方向音痴なのに・・・」 微妙にずれた心配をしながら、立ち止まっているよりはマシと青子はふらふらと当ても無く歩き出していた。 擦れ違うカップルを目で追ってしまうのは昼間の快斗との喧嘩を気にしてるから・・・ 沈みがちな気分を何とか引っ張り上げながら歩いていると、前から来た男子校生にぶつかってしまった。 「きゃっ。」 「っと、すんません。」 「こっちこそぼんやりしてて、ごめんなさい。」 青子が顔を上げると、まだあどけない顔をした男子校生が青子をじっと見ている。 その様子が何だかおかしかったので青子は心配そうに声を掛けた。 「どこか痛いんですか?」 「あ、いや、平気。君、今一人?」 「いいえ、友達と遊びに来たんです。」 「でも君一人でしょ?」 辺りを見回して不思議そうに聞かれる。 「いま友達とはぐれちゃったから一人なんです。」 男子学生は青子の言葉を聞くと何故か嬉しそうに笑い、いきなり青子の手を掴んだ。 「ねぇ、この人出じゃ一度はぐれちゃうともう会えないよ。探すの諦めて俺と遊ばない?」 「えぇっ?!」 「すぐそこのゲーセン知ってる?いま最新モデルが入ってて超お勧めだよ!踊るの好き?」 ぐいぐいと力強い手に引き摺られるように通りを歩き出す二人。 青子は「困る〜。」とその男子学生に抗議したが、取合ってくれない。 「大丈夫!退屈させないし。君の髪ってさらさらで綺麗だよね。触っても良い?」 口と同時に手が伸びて青子の髪が束で攫われていく。 あまりの早業に文句を言うのも忘れて青子が驚いているとその男はニッと悪戯っぽい表情を浮かべた。 「君、ムチャ俺のタイプだよ。最初に見た時思わず見惚れちまったし。」 「え?ち、ちょっと・・」 普段言われ慣れていない美辞麗句に照れと恥ずかしさに襲われる青子に畳み掛けるように男の言葉が掛けられる。 「迷子になった時はなるべく動かない方が良いんだよ。俺とゲーセンで遊んでる内に友達に見つけて貰えるんじゃん?」 「そ、そうかな・・・?」 「決まり決まり!今日は凄いラッキー!こんな可愛い子と会えるなんてさ♪」 無邪気に喜ぶ男子生徒を何だか邪険に出来なくて青子は困ってしまう。 ストレートに『見惚れる』とか『タイプ』とか『可愛い』とか言われるとやっぱり嬉しいし・・・ 流されるままに青子がその男子生徒とゲーセンに入ろうとすると、視界を掠める見知った後ろ姿。 「ああーっっ!!」 青子は大声で叫ぶと男子学生の手を振りきってその後ろ姿に駆け寄った。 「快斗っ!」 「は?『かいとう』?」 振り返った人物は雰囲気は似ているものの全然別人で、青子は急に恥ずかしくなってしまい蚊の鳴くような声で謝る。 「ごめんなさい。人違いです。」 その人物、工藤新一は駆け寄ってきた女の子が蘭に良く似ている事に衝撃をうけて絶句していたが、やがて彼女が蘭が話していた蘭そっくりな友人だと言う事に気がついた。 「君もしかして、今日毛利蘭と会う約束してない?」 「はいっ?!なんで知ってるんですか!」 「蘭から聞いたから。」 青子の素直で微笑ましい反応にくすくすと笑いを零しながら、新一は腕を組む。 話には聞いていたがぱっと見た目が本当にそっくりで驚いてしまう。 表情がくるくる変わって何だか小犬みたいな女の子だなぁ。 そんな事を考えていると彼女の背後に一人の男子学生が近付くのに気がつき注意を向ける。 「急に駆け出すから驚いたよ。で、なに、こいつ?」 「あ、ごめんなさい。」 青子とその男子生徒の様子を観察して、新一はちょっかいを出す事に決定した。 どう見ても、ナンパだったので。 「彼女これから俺と友人を探すんだ。悪いけど急ぐから。」 「は?なんだよお前。彼女は俺とゲーセン行くって言ってんだよ。横入りすんなよっ!」 ドスを利いた男子学生の文句を余裕の表情で受け止めると、新一は射るような鋭い目線を向ける。 「ナンパはお断りだよ。大事な友人なんでね。」 殺人者と対峙する名探偵の視線の威力は、こんな普通の高校生には絶大に効いてしまったりする。 その男は脅えたような表情を一瞬見せると、そのまま振り向く事もなく人込みに逃げ込んでしまった。 青子が驚いた表情を新一に向けて尋ねる。 「今の・・・ってナンパだったんですか?」 新一は無言で頭を抱える。 蘭と張る天然だよ・・・ 気を取り直して彼女に頷く新一。 「君、ここがナンパのメッカだって知らないの?」 「知りません。」 「女の子一人じゃ格好の餌食だから気を付けないと。」 なんとなく並んで歩き出しながら新一が小さな子に言い聞かせるような口調で諭す。 「でも青子、ナンパなんて初めてされたから・・・」 「え?」 新一は虚を衝かれて黙り込む。 蘭と良く似た顔立ち。 さらさらの髪に可愛らしい仕種に声。 天然の無邪気さ。 周りがほっとかないタイプの美少女が「ナンパなんて初めて」と言っている謎。 「嘘でしょ?」 新一が探るように尋ねると、青子は頬を膨らませる。 「本当だもん。快斗とか『青子なんてお子様だから相手にされてねーんだよ。』とか馬鹿にするんだよ!」 「『かいと』ってさっき俺と間違えた人?」 「そう。私の幼馴染なんだけど、貴方に後ろ姿が良く似てるの。」 青子は立ち止まってしげしげと新一を覗き込む。 「うん。雰囲気もよく似てるなー。」 「幼馴染?」 自分と蘭に実に良く似ている。 とすると、先程の謎の真相は・・・ 「君がナンパされないの何でか分かった気がする。」 新一はにやにやと笑いながら未だ会った事も無い『かいと』に意地悪する気持ちで真実を告げる。 「それ、『かいと』が全部手を回してるんだよ。」 「『手を回す』って、何の事?」 青子の天然の鈍感さ具合が、自分の想い人と重なって苦笑が漏れた新一は内緒話をするようにこそっと呟く。 「だから、君に近付いてくるナンパ野郎とか、告白しようとするクラスメートとかを片っ端から退けてんだよ。きっと。」 「・・・うっそだぁー。」 青子はいきなり突きつけられた意外な答えに半信半疑の表情を浮かべるが、耳が真っ赤に染まっている所を見ると思い当たる節もあるらしい。 「そいつに会ってみたいな、俺。」 新一が笑って言うと青子は「あっ」と声を上げる。 「そう言えば自己紹介がまだでした。私中森青子です。」 「俺は工藤新一。」 「え?!工藤新一さんって蘭ちゃんの彼氏さん!」 「は?違う違う。俺達幼馴染だよ。」 蘭と恋人同士だと間違われる事の多い新一は、慣れた様子で否定する。 そうなりたいんだけどなーなどと心中思ってはいるのだが・・ 「えー?でも蘭ちゃんは工藤君の事好きだと思うけどなー。」 「え?」 不意打ちに新一の声が裏返る。 必死にポーカーフェイスを取り繕う新一になおも無邪気な青子の声が追い討ちを掛ける。 「なんで恋人にならないの?蘭ちゃんだったら絶対良いと思うんだけどな。工藤君蘭ちゃんの事好きだよね?」 質問と言うよりは確認の意味合いの強い台詞に新一は取り繕い不可能な程赤面する羽目となった。 どうも調子が狂う。 それは蘭に良く似た笑顔とストレートな物言いの所為だ。きっと。 「・・・蘭には内緒にしてくれないか?」 情けないと思いつつも、新一は青子に頼みこむ。 「勿論!」 青子は満面の笑顔を新一に向けた。 「早く言ってあげてね?凄くすごーく待ってると思うから。」 「精進します・・・」 もう笑うしかない新一は、青子の言葉の裏側に彼女自身の気持ちを読み取ってしまいくすぐったい気持ちになった。 これは是非とも『かいと』なる人物に会ってハッパを掛けてやらなければ・・! 「それじゃ、蘭たち探そうか?」 「うん。」 二人は取り敢えず人の集まる中心部に足を向ける事にした。 |