「園子ちゃん。見つかった?」 「ダメー。蘭も青子ちゃんも居ないわ。」 「携帯は?」 園子はお手上げのポーズをする。 「蘭は忘れて来たって言ってたし、青子ちゃんは持ってないでしょ。」 二人は同時に溜め息を吐く。 「少し様子見よか?園子ちゃん持ってんのやろ?携帯。」 「そうだねー。こっちも歩き回ってたんじゃ行き違いになる可能性もあるし。」 「決まりや。そこのベンチに座ろ。」 倒れ込むように和葉がベンチに腰を下ろすと園子も隣に腰を下ろした。 楽しそうなカップルが目の前を通ると二人して溜め息を吐き、同時に顔を見合わす。 どちらからとも無く苦笑い。 「園子ちゃん。彼氏さんと上手くいってへんの?」 園子は無言で例の写真を和葉に見せる。 「何やこの女。」 「って思うよね、やっぱり。同封されてた手紙には何も書いてないし。」 園子が不安そうに瞳を瞬かせると和葉が我が事の様に不機嫌な顔をする。 「もうちょっと気ぃ遣って欲しいわ。まったく何彼女不安にさせとんねん。この男は。」 「やっぱ離れてると不安になっちゃうよね。・・・いいな和葉ちゃんは。」 「一緒におっても上手くいかへん事もあるんよ。特に男が鈍感な場合はね。」 「それって服部君の事だよね?何があったの?聞きたいなぁ。」 「つまらん話や。あの馬鹿、あたしが男に呼び出されよったのに、のんきに弁当かっくらいおって・・・」 強い口調で服部を非難する割に和葉の瞳はゆらゆらと光を反射する。 園子はそんな和葉を見ながら、やせ我慢してるなぁと見抜いてしまい思わず彼女の手をぎゅうと握り締めた。 「和葉ちゃん。服部君に止めて欲しかったんだ?」 出来るだけ優しく聞こえるように最新の注意を払いながら和葉に囁く。 彼女はきっと普段あまり友達に本当の愚痴を言うタイプじゃ無いから、今ここで吐き出させてしまった方が良い。 「・・・別にあたしが他の男とつきおうても構へんのかな?平次。」 「そんな事ないよ。きっと。」 「あいつ色黒でお調子者で時間にはルーズだし強引だし・・・でも・・」 「・・でも?」 「なんや女にモテるんや。この前も電車の中で美人な女子高生に告白されてん。」 「断ってたでしょ?」 園子が微塵も疑っていない声で確認する。 「・・・断っとった。」 「和葉ちゃんもちゃんと告ってきた男ふったでしょ?」 「うん・・」 「これでなんで上手く行かないのか不思議だなぁ。」 和葉は伏せていた顔を上げて園子を見た。 「服部平次って意外に奥手?」 「は?なんやの園子ちゃん。」 「押し強そうな感じなのにねぇ。それとも我慢してんのかしら?」 「何我慢してんの?」 「和葉ちゃん。悪い事は言わないわ。貴方達絶対和葉ちゃんが押した方が上手く行くわよ!」 園子が力強く和葉の手をぎゅっと握る。 「セクシーな洋服来て、油断してる所をガバーッと襲っちゃえば大丈夫よ!」 「お、襲うぅぅ???」 引きつった声で和葉が復唱するのを満足気に見ていた園子は、ぐっと和葉の肩を抱き寄せその耳にこそっと耳打ちする。 「一見ストイックに見えても内実はやせ我慢してるだけの只の高校生なんだから、ちょっときっかけ作ってあげればイチコロよ! 大丈夫。私に任せなさいってっ!既成事実さえ作っちゃえばこっちのものだから!」 内容の過激さに和葉が耳を染めて飛び退く。 襲って?既成事実?我慢してるだけって・・・? 「園子ちゃん。それ、やったの・・・?」 和葉が驚きに目を見開いて恐る恐る尋ねると、園子はちょっとばつの悪い様な顔で横を向いて小さな声で言う。 「やる予定。」 「・・・」 お互い鈍感でちっともそんな気の無い男を相手に頑張っている所為か、苦労する点もほぼ一緒だと悟った二人だった。 「・・・頑張ろう。」 「頑張るわ。」 「で、何頑張んのや?お二人さん。」 頭上から振ってきた声は二人の聞き覚えのある声で、同時に仰ぎ見ると人懐っこい笑顔に迎えられた。 「平次っ!なんであんたここにおんねん!」 「探しとったからに決まっとるやんけ。」 平次はそんな事も分からんのかといわんばかりの表情で和葉を見ると、和葉の隣の空いているスペースに腰を降ろした。 二人の注目を集めて居心地が悪いのか暫く帽子の鍔を弄っていたが視線に耐え切れずぼそりと呟く。 「まぁ、なんや知らんが和葉怒っとるんやろ?このまんま休日突入すると気持ち悪いから謝りに来たわ。」 『なんや知らんが』とはいかにも服部君らしい。 服部君らしいがそこが分からない限り和葉ちゃんが落ち込む事がなくなるとは思えない。 園子は溜め息を吐いて和葉越しに平次に身を乗り出した。 「服部君。今ここで和葉ちゃんに相談受けてたんだけど、ついでだから服部君も相談に乗ってあげてよ。」 「ち、ちょっと!その、・む・・ぐっ。」 園子の手で口を覆われた和葉は否定の言葉を最後まで発する事が出来なかった。 園子は和葉の焦りなど構わず服部に対して地雷を仕掛ける。 自分と事はとんと上手く行かない園子だが他人の色恋沙汰には定評のあるアドバイザーなのだ。 「和葉ちゃんこの前告られたんだって?」 「知っとるで。」 「その人と付き合おうか、それともそのちょっと前に告られたサラリーマンと付き合おうか悩んでるんだって。 どう思う?服部君?」 園子が一言一言ゆっくりと言い含めるように嘘の悩みを持ち掛ける。 和葉は必死にもがいたが羽交い締めに近い背後からの押えに逃れられないまま、平次の反応を恐る恐る窺っていた。 「・・・聞いとらんぞ。そない話。」 押さえ気味の声には困惑が色濃く滲む。 和葉は予想外の平次の反応に暴れるのも忘れじっと注視した。 「和葉。おまえサラリーマンに告られたんか?」 「ふ・・んぐ・・・」 「ちょっと良い男で服部君には言い辛かったみたいよ。ま、そもそも報告の義務なんて無いんだけどね。」 服部は考え込むような顔をして黙り込んでしまい、園子はにやにやとその様子を眺めていた。 「止めとけ。」 短い平次の声。 「どっちも止めとけ。」 理由も言わずにただ止めろとしか言わない平次はずるいなぁと園子は思ったが、和葉は恥ずかしそうに頷いてしまった。 「・・・和葉ちゃん。もっといじめてやんなきゃ駄目じゃん。」 あっさりと和葉の戒めを解き園子はやってらんないとばかりに和葉を平次に押し付ける。 勢い受け取ってしまった平次は、どう扱えば良いのか思案に暮れて園子を眺めた。 「きちっと理由話してあげなさいよ。いつまでも甘えてんじゃ無いわよまったく。」 和葉には平次の『甘え』がなんなのかよく分からなかったが平次は常日頃何も言わなくても察してくれる和葉に甘えて居るのを自覚している為、ばつの悪い気分で頷いた。 分からないながらも平次から言葉を貰えただけで舞い上がっていた和葉は、園子と平次の遣り取りの真の意味にはとうとう気が付かなかった。 「ところで他のねーちゃん達は?」 「迷子。連絡も無し。」 未だ着信の無い携帯を目の高さに上げて園子はどうしよっか?と二人に目線で尋ねる。 平次と和葉も思わず顔を見合わせる。 「工藤も探しとるから、ここらでじっとしとるか?」 服部の提案は先程和葉が提案したものと同じで、結局3人はベンチに座って満ち行く人をチェックしだした。 ただ見ているだけではつまらない。 取り留めなくお喋りしている内に話題は自然と園子の彼氏である京極真その人になった。 「はー。海外に武者修業ねぇ。今どき珍しいタイプやな。」 初めて話を聞く平次はそんな第一感想を漏らした。 「骨ある男は格好ええけど、鈍感なんがいただけへんなぁ。ほんま。」 和葉の言葉に園子が力無く頷く。 「よっしゃ!うちが京極さんに説教したる!」 「「説教?」」 二人が不安そうな声を上げた途端タイミングを計ったかのように電話の呼び出し音が掛かった。 それは園子が鞄の中に仕舞われた普段は使われない携帯の着信音・・・ 「真さん!!」 園子はコンマ2秒で通話ボタンを押す。 「もしもしっ!」 『園子さん?どうしたんですか?大声出して。』 落ち着いた京極の声に園子は何だか自分だけがこんなに喜んでいるなんて知られたら悔しいと思った。 「突然鳴ったからびっくりしただけ!」 『そうですか。この前の手紙と写真はそちらに届きましたか?』 いきなり問題の写真の話を振られて園子は急に喉に鉛が詰まったかのような気分になる。 「届いたけど・・・」 聞いてしまおうか?あの女の人の事・・・・ 「京極ーーーっっっ!!」 死んだじいさんさえ飛び起きそうな大声で和葉は園子から取り上げた携帯に叫んだ。 「え?え?」 園子は空の右手と仁王立ちしてる和葉を眺めて呆然としている。 「あほっ!お前、ちょー落ち着けや!」 平次が焦って和葉から携帯電話を取り上げようとするが、すばしっこく平次の腕を掻い潜って和葉は京極に説教を始めてしまう。 「園子ちゃんみたいなええ娘にいらん心配かけさすなあほ! 写真送るんは大歓迎やけど、隣に女はべらしてる写真は気になるやんか! ちゃんと釈明しい!・・っきゃ!」 背後から和葉の脇の下を掠めて携帯電話を奪取する事に成功した平次は、実に際どいラインを撫でられて瞬時に頬を染める和葉に気まずい思いをしながらも取り敢えず受話器に向かってフォローを入れる。 「もしもし?京極?俺服部いうて鈴木さんの知り合いなんやけど、今のは気にせんといてな。ほな、鈴木さんに変わるわ。」 ほいっと携帯電話を右手に握らされて園子はおずおずと受話器に語り掛ける。 「真さん?あの、」 『びっくりしました。今の二人は園子さんの友人なんですか?』 苦笑している京極の声は怒ってる訳ではなくて、園子はほっとしすると同時に笑ってしまう。 「そう、大阪の友達なの。ちょっと私の為に真さんを説教するって言って携帯奪われちゃった。」 思ったよりもあっさり話を進められる事に内心園子は驚く。 おそらく和葉ちゃんと服部君の存在が知らない内に緊張と不安を吹き飛ばしてくれたから。 『説教ですか?・・・先程写真の女性がどうだかと言ってましたが、それですか?』 園子が何か言う前に京極のちょっと早口の声が聞こえてくる。 『あれはっ、お世話になっている道場のお嬢さんです。』 園子が何も言わない内から言い訳している京極がとても新鮮で、園子は思わず吹き出してしまう。 園子の笑い声に京極が安堵した気配が受話器越しに伝わる。 「真さん?私結構この写真で悩んだんだけど?」 『済みません。そこまで考えが回らなくて。』 真摯な態度で京極が返事をする。 「これからもうちょっと気を付けてくれれば良いよ。私もなるべく気にしない様にするし。」 京極は一瞬躊躇するが、言いたいので言ってしまう。 「心配する事は何も無いです。私は園子さんの事しか考えてません。それじゃ。』 一方的に切られた通話に、園子は右手に携帯を持ったままポーっと頬を染めて立ち尽くしていた。 「なんぞええことあったみたいやな?」 「そうやな。良かったわーっ!」 小声ながら我が事の様に喜ぶ和葉に平次も嬉しそうな顔をする。 何にせよ二人とも落ち込んでたんから立ち直った様やし。 「ほな、残りの人間探しに行こか!」 勢いを付けてベンチから立ち上がると女性陣も元気良く手を上げた。 |