「うそ〜。皆とはぐれちゃった。」 ちょっと露天に並ぶアクセサリに目を奪われていたら人波に流されてしまい、気がつけば蘭は一人になっていた。 通路の脇で思案していると、背後から知らない声が話し掛けて来た。 「ねぇ君。さっきから見てたけど友達とはぐれちゃったの?」 「え?」 蘭が振り向くとそこには大学生くらいのカジュアルな服装の男性がにこやかな笑みと共に立っている。 「ここ混んで来たから友達探すなら向こうのオープンカフェが良いと思うけど。」 あくまでもソフトな語り口調と人の良さそうな笑みに蘭は警戒心を忘れて困ったように微笑んでしまった。 それこそがナンパ氏のテクニックだと言うのに・・・ 「そうですね。あっちで探してみる事にします。」 ぺこりとお辞儀をしてそちらに向かおうとすると、そのナンパ氏が「待って。」と声をかける。 「僕も友人連中とはぐれちゃって探してる最中なんだ。一緒にカフェに行っても良いかな。」 付け足すように一言。 「二人で探した方が早く見つかるし、退屈しないしね。」 蘭はそうかな?と素直に思ってしまう。 新一と幼馴染なんてやっていると、つい確信口調で言われる事には無条件に納得してしまう癖がついてしまうのだ。 「いいかな?」 優しく問われて蘭は「お願いします。」と答えてしまった。 ナンパ氏が心中邪悪な笑みを浮かべている事も知らずに促されるままにカフェに向かおうとする。 しかし、これを複雑な心境で眺めていた男が一人。 大切に思っている幼馴染に良く似た顔で満更知らないでもない女性が目の前でいかにもな手慣れたナンパに引っかかっている。 何だかスゲー不愉快。 青子の奴も今頃こんなナンパに引っかかってるんじゃねーだろーなー。 快斗は目先の不愉快の原因を取り除く為、手を出す事にした。 「ちょっと待った!」 突然割り込んできた第三者の声にまさにカフェに入ろうとしていた二人は怪訝な表情で振り向いた。 そこには新一に雰囲気の良く似た青年が立腹顔で立っている。 「貴方・・!」 蘭が目を真ん丸にして驚く。 快斗はそんな蘭の手をぐいっと引っ張って自分の背後に隠すとナンパ氏ににやりと笑い掛けた。 刺々しい口調で脅しを掛ける。 「俺の知り合いをナンパしてんじゃねーよ。」 「ええ?!ナンパ?」 蘭が驚いた口調で呟くのをやっぱ気がついてない・・・と快斗は呆れる。 男が何か言い掛けるのをきつい一瞥で阻止すると、そのまま強引に蘭を連れて中心部に向かって歩き出す。 「あのっ、貴方、黒羽君でしょ?」 蘭はまだ驚きの抜けない声で前を行く背中に話し掛ける。 「・・・そうだよっ!」 くるりと振り返った快斗は怒りの表情で蘭を見ると一気に捲し立てる。 「あんな簡単にナンパに引っかかんなよ!あの手の男が一番手慣れてて危険度高いんだよ!!あんたみたいな素直な女はよっぽど気を付けねーと悪い男に即喰われちまうぞっ!」 「く・・・・喰われる・・・?」 蘭が快斗の剣幕に圧倒されて呆然と尋ね返すと、快斗は苛々しながら怒鳴りつける。 「だから、エッチされちまうぞって事だよ!!あーもうっ!」 蘭は火を噴いたように真っ赤になり、俯いてしまう。 ここに来て快斗は彼女に青子を重ねてしまっているが故に自分が怒り狂っている事に気がつく。 ヤバイ。好き放題キツイ事言っちまった。 黒羽快斗としては初対面なのに・・・ 「あ・・っと、わりぃ。なんかキツク言っちまって。」 急に勢いを無くした声に、蘭は顔を上げ首を振った。 「いえ、貴方の言う通りですし。・・・これから気を付けます。」 小さな声で付け足すと、蘭はようやく少し笑った。 その笑顔にほっとして快斗は普段の調子を取り戻し軽口など叩く。 「あんた見てると工藤新一の気苦労が偲ばれるなぁ。片時も目を離せないじゃん。」 「えぇっ?!なんで新一が出てくるんですかっ!」 快斗は当然でしょ?と言った口調でからかう。 「だって付き合ってるんでしょ?」 「幼馴染です!只の!」 「そうは見えないけど?青子も『あんな素敵な彼氏が居て蘭ちゃんが羨ましいなー』って言ってたぜ♪」 「嘘っ!ご、誤解です!」 蘭は耳まで真っ赤になりながら必死に否定する。 「でも”幼馴染”ってだけで一緒に登校したり、遊びに行ったり、ましてやピンチには必ず助けてくれるなんてこと無いよ。」 にかっと笑う快斗。 「それって世間一般じゃ『恋人』っていうんだよ。お嬢さん♪」 蘭は少し悔しそうに楽し気に笑う快斗を眺めていたが、やがてヤケッパチな気分で呟く。 「・・・それでも私達は幼馴染なんです。」 まだ、何にも言ってないし言ってくれないし・・・ 蘭は昼間の些細な行き違いを思い出して悲しい気分になり掛けたが、ぐっと堪えて快斗に微笑む。 「本当ですよ。」 「・・・何?工藤新一未だ何も言ってないの?」 呆れた口調で言われた言葉に蘭はびっくりする。 「もしかして新一の事知ってるんですか?・・・そう言えば私達初対面なのに良く私の事分かりましたね?」 「げっ。」 快斗は自分が喋り過ぎた事にようやく気がつき冷や汗を流す。 しまったーっ! 工藤新一とその幼馴染兼想い人たる毛利蘭とは何度か対面しているがそれを素直に言える訳が無い。 「あ・・工藤って言えば高校生探偵として新聞とかにも登場するし誰だって知ってるんじゃない? あんたの事は青子から聞いてたし。 ・・・それに青子に何か似てるから、顔とか・・」 しどろもどろに言い訳すると、蘭は別に不審に思った風でもなく頷いたが、不意に何かに思い当たった表情で快斗を眺める。 「もしかしてさっきの凄い剣幕。私が青子ちゃんに似てるからでしょ?」 「あ・・」 「青子ちゃんがナンパされてたらきっと黒羽君さっきみたいに助けちゃうのね。」 「やっ、それは、その・・・」 蘭はお姉さんの様に優しい表情を浮かべ、焦る快斗に柔らかい声で言う。 「一緒に登校して、遊びに行って、ピンチには必ず助けてくれるって青子ちゃん言ってました。」 口をへの字に曲げてソッポを向く快斗に軽やかに笑い掛ける蘭。 「それって『恋人』なんですよね?黒羽君?」 「うー。」 ばっちりと言い返されて反論も出来ない快斗に「でも」と続ける。 「やっぱりちゃんと言葉が欲しいって青子ちゃんは思ってますよ、きっと。」 「・・・」 「この前青子ちゃんと会った時に『快斗ってば女の人と付き合うとか興味無さそうなんだもん。』って不安がってましたよ?」 「興味はあるんだけどなぁ。」 この手の話題を青子と良く似た蘭とする事に戸惑いと羞恥を隠し切れない快斗はわざと素っ気無い声で答える。 素直に返事をしてしまうのは、きっと彼女のその幼馴染に対する恋心を知ってる所為かな。 「うかうかしてると青子ちゃん他の人に攫われちゃうかも?」 蘭は茶目っ気を出して歌う様に続ける。 「私が男だったら、青子ちゃんの事ほっとかないけどなぁ。」 「・・・なんか誤解してるみたいだから言うけど。俺別に手をこまねいてる訳じゃねーよ。」 快斗は重い口調で告白する。 「アイツ鈍感だからちっとも気が付かないだけなんだ。『男』に興味無いのあいつのほうなんじゃねーの?」 「え?それってまさか・・・」 「あぁそーだよ!アイツ俺がこんっなに全身で特別扱いしてるのにちーっともその意味を深読みしねーんだよっ!」 「青子ちゃんって・・・可愛すぎるわ。」 蘭はアピールしているのに気が付いてもらえない気の毒な男を同情を込めた笑顔で眺める。 青子ちゃんってこんなに黒羽君に愛されちゃってるのに気が付いてないんだ? 勿体無いなぁ。 「毛利さん。これあいつにはオフレコな?」 「はい。」 快斗の気まずそうな横顔に羞恥が滲んでいるのを蘭は見逃さなかった。 「そう言えば青子はどこ行ってるんだ?一緒に居たんじゃないの?」 「はぐれちゃったんです。皆と。」 蘭も唐突に自分の状況を思い出し心配顔になる。 「多分向こうも探してくれてると思うんで、一緒に探してくれませんか?青子ちゃんに用事があるんでしょ?」 「よし、じゃあ向こうの方から探そう。」 「ええ。」 |