http://site.add/ 薄明ブレス




■ 微温湯(後) ■


「何でイルカなんだ?」
武骨な男がつっけんどんに問い掛ける。
その裏には、嘘は許さないという態度が見え隠れしている。
カカシは慎重に答えた。
「里の中と言えども無防備じゃいられないでしょ。二心が絶対無いと言える信頼出来る知り合いって少ないから」
「何故女を選ばない」
「避妊が面倒」
「男は受け入れさせる手間が有るだろ。そっちの方が面倒だろーが」
「俺、そんな手間掛けてないから」
取り付く島が無いように見えるカカシだが、長い付き合いのアスマには綻びを見付ける事が出来た。
「嘘吐きな奴だ。イルカは身も世もなく喘がされてるっつってたぞ」
ゴリ、と砥石が不愉快な音を立てた。
手元が狂って、カカシの研いだクナイが砥石の角を抉ったのだ。
顔を上げたカカシが、信じられないといった表情を向ける。
「あんた……イルカ先生に自白剤盛ったの?」
「認めるんだな」
「……」
ふいっと顔を背ける。
語るに落ちるとはこの事だろう。
アスマは長い溜め息を吐いた。
「イルカが閨の様子を語る訳ねーよ。引っ掛けただけだ」
伸びた髭に覆われた顎を強めに擦り、カカシに近付く。
すぐ傍で見下ろして、頭を小突いた。
「イルカはオメーに不利にならないよう考えて立ち回ってる。でも抜けてるからな。鎌掛けたら簡単に引っ掛かって、オメーから任務受けてる事だけ白状したぜ」
「……あんた、俺にも鎌掛けたね」
「とっとと吐かねーからだよ」
睨み付ける視線を受け止めて、もう一度頭を小突こうとすれば、邪険に腕を払われた。
ピリピリした様子を見せ、カカシが銀髪を前から後ろにかき上げた。
「イルカの様子を見りゃ、一目瞭然だろ。乱暴されたのか、可愛がられたのか。腰、ヘロヘロだったぜ」
「……何が言いたい?」
「付き合っちまえ。金、無駄だろ。関係もオープンに出来る」
促すアスマを胡散臭げに見上げる。
瞳にちらちら踊るのは締感の昏い焔だ。
気に入らねぇなぁ。
内心でアスマは吐き捨てる。
「わざわざ時間割いて、イルカ先生の様子見に行く位、懇意にしてんだったら分かるでしょ。俺みたいに何時死ぬか分からない、子供も出来ない不毛な男なんて恋人にするもんじゃないよ」
「里があんな状態の今だからこそ、建前なんてクソ食らえだ。イルカがオメーが良いっつーんなら、反対しねーよ」
「だから。その耳は飾り?イルカ先生は俺に命じられて伽やってんの。望んでなんかないよ」
まるで駄々っ子を相手にしているようだ。
アスマは今のカカシの頑なさに辟易としている。
誰がどう見ても相思相愛なのに、茶番劇を演じ続ける。
「……イルカが、任務明けでオメーの伽任務に就こうとした時、オメー断ったそうだな」
「……具合悪そうだったから。風邪引き掛けてたし、移されたら困るもの。そんなの抱いても、すっきりしないし」
「任務なんだろ?随分甘いじゃねーかよ」
「未だお願いする予定だから」
「逆にオメーが入院必須って怪我負ってるにも係わらず、イルカを抱きに行ったそうじゃないか。イルカが必死に拒否ったのに、強引に押し切ったそうだな」
「……随分聞き出してるじゃない」
「イルカは一度懐に入れた人間には甘いし、隙だらけ油断しまくりだからな。チョロいぜ」
じわじわと追い詰められている雰囲気を嗅ぎ取っているのだろう。
カカシは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「オメーの態度の何処が、都合が良いだけの伽の相手へのモノなんだよ。抱き方も、頻度も、その必死さも、全部好きな相手用じゃねーか」
「決め付けるな」
「阿呆が。自分でも分かってんだろ」
「不愉快だ。出てけ」
カカシが怒気をアスマに叩き付け、出口を指差した。
説得は難しいと、最初から分かっていた。
今夜はここまでと、アスマはのそりと移動し始める。
「最後に二つ、教えてやる」
出口で振り返って、アスマは不器用で馬鹿な男に置き土産をする。
「一つ。イルカは受付に入っていたから上忍に広く顔を知られてるし、気に入られてもいた。里の仲間から伽の依頼を受ける事なんざ、実はザラに有ったが、オメー以外は全部断ってる」
「何ソレ。聞いてない……」
目を見開いて驚くカカシの顔は少年のようだ。
まともな少年時代も青年時代も送れなかった男の、恐らく『初恋』。
「二つ目。オメーがイルカに伽の依頼を出さなくなったら、今度はイルカがオメーに指名を入れるだろうよ。結婚資金用の貯金全部はたいて、写輪眼のカカシに伽の依頼を、な」
「どういう事?!」
「自分で考えろ」
言い捨てて、さっさと天幕を後にした。
追って来ると厄介だからと、アスマは先手を打って内側からの結界と絡み合うような外側からの結界を張った。
中にいるカカシを閉じ込めたのだ。
ザクザクと下生えの雑草を踏み付けて、アスマは此れから一緒に斥候の任務に就く仲間の元に急ぐ。
貴重な休憩時間をカカシの為に費やしたのだ。
それなりに効果が出ている事を願う。
「あの堅物なイルカと奔放なカカシがなぁ……」
世の中は分からないものだと、アスマは笑いを溢す。
次に里に戻った時に、二人の事が噂になっていれば良いと、願った。