「それで、イルカ先生は俺の写真を撮るの?」
「……駄目ですか?」
「駄目じゃないよ」
くすくす笑うと、引き締まった胸が波打つ。
鍛え上げられた肉体は、ぴっちりと身体を包み込むアンダーシャツ越しでも十分にその魅力を伝えようとする。
惚れた欲目で盛っている訳では無い。
カカシに全女性が憧れるに足りる魅力は、本人が意図的に隠している為、分かり難い。
それに気付く目敏い女性も当然居て、カカシは分かり易くモテはするが、深入りする人間は少ない為、イルカを嫉妬の炎で焦がさせはしない。
余りみっともない所を見せるとうんざりされるだろうと、イルカは現在の状況にほっとしている。
「どういう写真を撮りたいの?」
「改めて言われると、困るんです」
正直に白状すれば、カカシは不思議そうな表情で見詰め返してきた。
撮りたいと言った癖に、何が撮りたいという所が曖昧なのが、納得出来ないのだろう。
「被写体が俺って所しか決まってないの?それ、もしかして誰かに頼まれて写真撮るんじゃないよね」
許さないよ、と笑顔(でも、目は笑っていない)でのメッセージが発せられる。
イルカは頭を振って否定した。
話していないが、実は頼まれた事が有る。
人伝だったり、直接だったり、報酬が有ったりもしたが、頼まれた端から直ぐに断ったから問題は無い。
「俺が、貴方の写真を、撮りたいんです。誰にも見せませんよ」
「そう?」
「ただ、自発的に写真を欲しいと思った訳ではないんです。人に言われてそう思ったんです」
「うん?」
「……駄目ですか?」
「駄目じゃないよ」
会話は繰り返される。
カカシは笑って、誘うようにふざけたポーズを取った。
様になっているのが流石と言うところか。
「良いよ。貴方が撮りたい俺の写真が知りたいから、付き合ってあげる」
「ありがとうございます」
「先ずは脱ごうか?」
冗談なのか本気なのか、イルカの経験値が未だ少なくて咄嗟には判断出来ない。
ぎょっとしたのが分かったのか、カカシがくふんと笑う。
任務では絶対に見せない類の笑顔だ。
イルカは真っ正面からまともに見て、赤面した。
「イルカ先生は可愛いね。俺の一挙一動に反応してくれるから、愛されてるって確認出来て良いよねぇ」
「え……そうですか?」
「うん。俺の事、愛してくれてるデショ?」
素直に頷くのは何だか恥ずかしいと、イルカはむむっと唇を引き結ぶ。
無言で引っ張り出したのは、この為に買ったカメラだ。
高いモノは買えなかったが、初心者でも十分に扱えると店員に太鼓判を押して貰ったモノだ。
一つ位手元に持っていても良いだろうと納得して手に入れたソレの、最初の被写体ははたけカカシだ。
ひょいと軽やかに構えれば、心得たカカシが先ずは澄まし顔でカメラのレンズを見詰め返した。
「では、撮らせて頂きます」
キリッと表情を引き締め、開始を宣言した。
+++
カカシはイルカの隣で安心しきってすやすやと眠っている。
これがどれだけ凄い事なのか。
中忍だからこそ、イルカは分かっていた。
そっと手を伸ばし、優しい手付きで額に掛かる銀髪を撫でる。
形の良い額に、思わず引き寄せられて唇を押し付ける。
カカシは起きなかった。
唇が柔らかく解け、甘やかな吐息を吐く。
イルカはそれを肌で感じて、カカシの唇をぱふんっと指で塞いだ。
こうやって相手が寝ている間に密やかに遊ぶのも、歴代の恋人の中ではカカシだけだ。
イルカと一緒に過ごす為に、イルカを遙かに越える忙しさのカカシが無理をしてくれているのが分かる。
だからこそ、イルカも何かを返してあげたいと思うのに、カカシは基本的に余り望まない。
「何か、させてくれたら良いのに」
呪いを掛けるように、耳の中に直接に囁きを落とす。
求めて。
望んで。
身体を与えて心を与えて、でもそれだけでは足りない気がしている。
今日はカカシの写真を数え切れない程撮らせて貰って、イルカは大いに笑い何度も惚れ直した。
でも。
どれもこれも気に入ってしまい、珠玉の一枚を決めきれないでいた。
「無理に決めなくて、良いか」
ふふっと笑って、イルカはそっとベッド脇のテーブルからカメラを取り上げた。
電源を入れて、眠るカカシの顔を一枚撮る。
剥き出しの肩には、暗部所属の証である特徴的な入れ墨が覗き、シャープな顎のラインと長い睫、そして穏やかな表情。
恋人じゃなければ撮れない写真だ。
イルカは満足して、カメラを元の場所に戻し、少し冷えた素肌を温める為カカシの隣に潜り込み直した。