http://site.add/ 薄明ブレス




■ 写真(前) ■


ご飯を食べませんかと、声を掛けたのはカカシ。
今月懐具合がピンチなんで、家飲みしませんかと、誘ったのはイルカ。
休みが連続で取れたし、傷をのんびり癒したいから、湯治に付き合ってくれませんかと、誘ったのはカカシ。
親父臭いって言われても、風呂とか温泉とか大好きなんですよね、と二つ返事で了承したのは、イルカ。
貴方は相手の緊張を取り払って素の姿にさせる不思議な力が有るから、とても楽になれると、さらりと告白したのは、カカシ。
貴方の事が好きかもしれませんと、戸惑いながら告白したのは、イルカ。

こうやって時間を掛けて近付いて信頼関係を築いて、友情を育んでいるつもりでうっかり愛情を育てていた二人が結ばれたのは、丁度一年前の事だった。
大人の恋愛だから、プラトニックなんで到底我慢出来なくて、情けない表情でも二枚目という乙女ゲームのキャラクターみたいなカカシが、イルカをベッドの上に押し倒してから、イルカはずっと下でカカシはずっと上だ。
勿論これは役割分担の比喩の話で、カカシは多彩な技とバイタリティとチャレンジ精神で、閨の中では何時もイルカを翻弄している。
男のプライドをちくちく刺激されるが、だからと言って積極的にイルカが主導し、カカシを意のままに喘がせるなんて、夢のまた夢で、無理な話だ。
人には得手不得手が有るとイルカは諦めて、素直に与えられる快楽を享受し、恥じらいながら乱れて、カカシを喜ばせている。

そんな恋人歴一年の二人だが、他人に指摘されて初めて未だ手に入れていないモノがある事にイルカは気が付いた。
写真、だ。



「え〜?イルカ先生、恋人の写真持ってないの?」
受付で久し振りに再会した元アカデミー生徒は、ダイナマイトボディを揺らしながらイルカに詰め寄った。
立派な机を挟んでるのに、目の前に迫ってくるような巨乳に、イルカは見てはいけないような罪悪感に駆られる。
自分が知っている元生徒は、ぺったんこの胸で暴れてパンツが見えようが気にしない、男勝りの少女だった。
成長すると、見違えてしまうのは、男子よりも女子の確率が高い。
これは経験上確かな数値だ。
「持ってない、けど、それって変わってるのか?」
「変わってるよ!だって恋人、忍でしょ?四六時中一緒に居れないのに、何で写真持ってないの?寂しいじゃない」
「写真は無いけど、ちゃんと思い出すし」
迫力に負けながら、背を最大限に反らす。
座っているイルカにはそれ位しか逃げようがないのだ。
元生徒は、たぷんっと擬音が付きそうな乳を揺らして、イルカの目の前に顔を近付ける。
色気付いたなぁと、イルカはピンク色に塗られた唇をちら見して視線を逸らした。
今度は背徳感がちくりと胸を刺したからだ。
「それじゃあんまりにも、誠意が無〜い!恋人の写真は常に懐に携帯して、寂しい時にはさっと取り出さないと!」
「それはお前達の年代のトレンドだろ。俺はもうそういう時期を過ぎたというか、何というか……」
「それは言い訳っぽい。もしや、イルカ先生、その恋人とは遊びのつもりじゃ」
疑いの目を向けられて、イルカは慌てた。
「本気に決まってるだろ!!変な噂立てないでくれよ」
イルカの恋人があのはたけカカシだと知っている人間は、未だ極一部だ。
隠している訳では無いが、二人を知る人には関係を知られるのは恥ずかしくて、積極的には申告し難い。
また、二人きりではない時には、二人が余りにも普通に接している為、まさか色恋が絡んでいるとは他人は想像し難いようだ。
結果として、二人は未だ秘密の恋人のようになっていた。
二人の関係が公になる前に、変な噂が立つのはカカシに誤解されそうで、絶対に避けたいイルカだ。
元生徒は疑いの目をイルカに向ける。
「だって、写真持ってないんでしょう、先生?」
「持って無い事と、本気じゃないって事は、イコールじゃないだろ」
「え〜」
「……じゃあ聞くけど、どんなお前はどんな写真を持ってるんだ」
話題を少しずつ変えようと、イルカは自分から質問をした。
女の子は若きも老いも、お喋り好きだ。
にこりと笑って教えてくれる。
「私は、体術の最中の決めポーズと、梅干し食べた酸っぱい顔と、自分が一番良いと思うファッションさせてモデル立ちさせた写真」
「……お前、恋人居たのか〜」
生徒は何時までも子供のままでは居ないと分かっているのに、いざ大人の階段を昇った証拠のようなものを示されると、動揺してしまう。
イルカの姿に少しだけ彼女は笑った。
それは、幾つになっても恩師は恩師で、変わる事の無い存在だと言ってくれているのだが、イルカには伝わっていないようだ。
「先生、寂しいの?」
「そういうのとはちょっと違うんだけど、そうか。居るのか。大事にしろよ」
「やだ、先生。私が大事にするの?普通、男に大事にして貰えよ、じゃないの?」
「あのな。恋人って同等だろ。相手を大事にするから、相手からも大事にして貰えるんだ」
常日頃、イルカはカカシにそう思っている。
同性の恋人だからじゃなくて、双方が惹かれ合って繋がれる二人だから、双方向の感情が有るのが自然だと思うのだ。
大事な事だからと、元教え子にそっと諭す。
久し振りの『教師』の顔に、擽ったそうに彼女は笑い、パチパチッと瞬きをして頷いたのだった。





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