絶対そうに決まってる! -【7】-
無事お召し替えの済んだ青子は、いざ化粧品売り場の乱立するデパート1階部分に来ると、気後れして足が鈍りがちになった。
確かに殆ど縁の無い場所に突如として足を踏み入れなければならなくなったその心情を察せない事も無い。
が、元々快斗への罰ゲームの内容は青子が言い出した事なのだし。
快斗は怖気付く青子を半ば無理やり引っ張りながら目に付いた有名ブランドの店員を捕まえ、まんまと二人してクリアな色の椅子に腰掛けにこにこと笑顔の大盤振る舞いをする事に成功していた。
「今日は何をお探しですか?」
「口紅を。この子と一緒に買おうと思って。」
「そうなんですか。・・・妹さん?」
そう勘違いするのも頷ける。
快斗は青子よりも数段大人びて見える変装をしていて、話し方もすっきりと落ち着きの有る話し方だ。
一方青子はきょろきょろと売り場を見回し、愛想笑いも何処か硬い。
勿論化粧もしていない瑞々しいスッピンだ。
だが、この二人。
ちっとも似ていないのだ。
「そうなんです。今日はこの子に初めての口紅を買ってあげようと思って。やっぱりこの年頃から一本くらい持っておくのが良いでしょ?」
姉妹、という美味しい設定をぶら下げられて黙っている快斗ではない。
青子が反論する前に、ちゃっかりとその言葉を肯定し、青子に見えるように魅力的な笑顔を店員に向ける。
快斗の隣から小さな溜息。
「それでしたら、妹さんにはこちらの新色は如何ですか?唇に優しい潤い成分がたっぷり使われていまして、あまり付けているという感じがしないので付け易いと思います。」
「ふぅん。青子、どう?」
「・・・ん。良く、分からないけど。」
「でしたら付けてみては如何です?お好きなお色をお付けしますから。」
サンプル品を青子の前に持ち出して、優しそうで商売上手そうな店員はあれやこれやと説明を始めた。
つい青子も真剣に聞き入ってしまう。
快斗は斜め前で俯き加減にサンプルに視線を落とす青子の白皙の美貌を眺めて悦に入っていた。
今日の青子も可愛い。
ぷくっとした唇に似合う色はどんなのだろうと、勝手に脳内で青子の唇を彩り一人悩んでみる。
随分と平和な悩みに頬が緩みっぱなしだ。
「快・・・じゃなくて。洋子はどれが良いと思う?これと、これ、とか。」
青子が指差した色は、青子が好きそうな控えめなピンク色。
一つはマット系で、一つはパール系だった。
快斗は最初は青子と同じ年代のキャピっとした美少女を気取っていた筈なのに、今は随分とオネーサマを意識した仕草で首を傾げた。
「そうね〜。青子はパール系の方が似合うと思うけど。」
「そうかなぁ?」
「この色も結構良いんじゃない?」
明るめのオレンジに近い色。
白い肌にはとても良く映えそうだった。
「じゃ付けてみます?」
既に半分以上用意を進めていた店員にそう言われて、青子は不安そうに瞬いた後、こくりと頷いて照れた様に笑った。
瞳を閉じて、店員に顎を軽く取られるまま、少しだけ顔を上向ける。
指示されて青子は唇を半開きにして、じっとしている。
快斗は誰にも悟られない様にごくりと生唾を飲み込んだ。
真正面から見ていなくて良かった。
正直にそう思う。
長い睫毛が綺麗に生え揃い、青子の顔を可憐に彩っている。
意外に長いなぁと、快斗は青子の人形にように整った顔立ちを観賞しながら考えていた。
口紅は青子の子供っぽさを打ち消して、随分と大人びた表情に変化させる。
あの唇に触れたいと、一体何人の男が考えるのだろうか?
心の何処かがぎゅっと絞られるような嫌な感覚が快斗を襲った。
慌てず騒がず、快斗はその黒い感情を逃がす。
もう随分と慣れた『嫉妬』の感情。
我侭なものだと、自分に呆れるのも毎度の事。
だって、青子は未だ快斗のモノじゃない。
幼馴染のまま。
青子は未だ誰の色にも染められておらず、真っ白いままだ。
「はい出来ました。」
青子がぱちりと瞳を開ける。
鏡を覗き込んで、わぁっと歓声を上げる青子に、快斗は声も無く魅入った。
ヤラレタ、と思った。
「どう?快・・・じゃなくて洋子!!!」
振り向いた青子の唇は、ぷるるんと弾みそうな程瑞々しい色に彩られていた。
視界に真っ先に飛び込んでくる唇は、まるで最終兵器のようなインパクトを持っている。
「・・・似合うわ。思っていたよりも。」
想像が甘かった。
現実に到底及びもしないと、快斗は白旗を振る。
青子は快斗の答えに満足そうに微笑んだ。
「本当?嬉しいな。」
「それにする?」
他の色を試そうと言う気にもなれないほど、それは青子に似合っていた。
しょっぱなでそんな運命的な出会いをしてしまうと、他のどんなものを隣りに並べられても目移りする事はない。
今の青子の状態はまさにそんな感じだった。
そして快斗も他の色を勧める気分にはなれなかった。
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