絶対そうに決まってる! -【4】-
「やっ!ちょ、ちょっとぉ!!」
「こっち!」
まるで恋人同士のような接触に、青子が顔を赤くして慌てるのにウィンクで返す。
青子は気が付いてなかったが、二人は当然恋人同士などではなく、同性の仲の良い親友同士にしか見えなかった。
案の定店員も二人を見て年下の妹を見るような微笑ましい表情を浮かべる。
快斗は目に付いていた洋服の有る棚の前まで青子を引っ張って行くと、上品ににっこりと笑って近くに居た店員に試着したいと申し出た。
「快・・・じゃなくて・・・えっと・・・」
名を呼び掛けた青子が途中で声を窄ませた。
今の快斗に『カイト』と呼び掛けるのはマズイ。
変な顔になった青子に、快斗は仮初の名前を囁いた。
「ま、取り敢えず『洋子』で。」
「ヨ、ヨウコ?」
「そ。青子洋子で語呂も良いし。」
「漫才じゃないんだから。」
納得したらしい青子に手に取った夏物のワンピースをそのまま手渡し、カーテンの向こうへと押しやった。
「ちょっ!?洋子ぉ??」
「着替えてらっしゃい♪」
続く筈の青子の言葉をカーテンを勢い良く引く事でシャットダウンした。
中で未だ何か言っている青子を無視して、快斗はふらふらと店内を見て回った。
今日は口実がある分本能に忠実に行動し易い。
ここで青子に似合う服(と言うよりもむしろ青子に着せたい服)を買わせて(場合によっては買ってやっても良い・・・それじゃエロ爺と同じ発想か・・・)、イメチェンした青子とデートして(例え端から見たら女同士で仲良くお出掛けとしか見えなくともデートはデートだ!)、最後にあの可愛い唇にぴったりの口紅を買ってやって(当然機会があれば後日それを付けさせるのだ。そしてそれを観賞する。男のロマンだろ?)、最後に約束を取り付けた青子の手作り夕食を賞味するのだ。
怖いくらい完璧だと、快斗は悦に入った。
この際自分の格好は二の次で良い。
SALEの赤札と早くも秋の新作が並ぶ棚を一つ一つ見ていく。
自分が着る分にはシンプル且つ機能的な洋服を選びがちな快斗だが、着せて楽しむ分となるとまったく別だ。
行き過ぎたロリータ趣味はないのだが、青子に着せるのならなるべく甘い雰囲気のレースやらフリルやらがついているのが良い。
あの元気な青子が動く度にひらひらと風にそよぐような裾や、ちょっとした手の動きで真っ白い肌が露出するようなゆったりとした袖なんかも好みだ。
折れそうなウエストを強調するような絞られた腰周りとか、控えめに膨らんだ胸に続くなだらかなラインがはっきりと分かるカットソーなんかも捨て難い。
無いんだろうか?
そんなぴったりな服。
快斗は自分の洋服を選ぶ以上に楽しそうに、洋服を手に取ってはちょっと違うなどと呟きながら歩を進めた。
時計の長針が傾きを変えたと分かる程度の時間が過ぎ、快斗の背後で控えめにカーテンレールを滑る金具の音が聞こえた。
あんまり期待に満ちた顔をしているのは恥ずかし過ぎるし、そこまで素直には未だ慣れない快斗は、振り返る時には済ました表情をきちんと形作る。
「ええっと・・・どう?」
落ち着かないのかウエストの辺りを両手で抱き締めながら、か細い声で快斗に尋ねる青子に、快斗は思った以上の青子の似合いっぷりに暫し言葉を失った。
見られる事が更に青子の気分をざわめかせるのか、快斗の視線を困ったように追い掛ける青子。
店員も快斗の言葉を待って傍に控えたまま、言葉を発する事は無かった。
変装したおねー様風の仕草で軽く握った指先を顎の下に添えて、ストレートの髪を肩口でさらりと揺らした。
青子が真っ直ぐに快斗を見詰める。
今更緊張するような間柄でもないのに、このシチュエーションがどうにも青子を緊張させるらしい。
「私の見立ても捨てたもんじゃ無いでしょ?」
にっこりと唇を弓形に吊り上げると、青子の安堵した溜息が唇を割って出た。
店員もその言葉に後押しされたのか、急激に奔流のような賞賛の言葉を青子に投げ掛けだした。
「大変お似合いですよ〜。それ初夏に合わせて作ったモノですから、これからすぐに着る事が出来ますし。」
「今日持ってきてるカーディガンにも似合うと思うわ。」
快斗の言葉に青子は思い出したように自分のカーディガンに手を伸ばし、それをワンピースの上から羽織って見る。
小さな控えめの花模様のワンピースに白いカーディガンは、殊の外青子に似合っていた。
青子自身も気に入ったのか、今度は迷うような仕草を見せ始める。
快斗にはぴんと来た。
青子がこのワンピースを買おうか買わないか、財布の中身や今後の買い物予定と頭の中で相談している事を。
快斗は思わず鞄に手の平を当ててしまう。
裏家業は何かと金が掛かる。
快斗はその資金を捻り出すのに幾つかの合法的ではあるがかなりアクロバティックなアルバイトをしているのだが、最近つい力を入れ過ぎて資金が供給過多になっていたりする。
人様から見れば贅沢な悩みを抱えている訳だが、あからさまにそれを使う訳にも行かず快斗にとっては悩みの種だったりするのだ。
そんな訳で、快斗の財布には現金が年不相応にぎっしり詰まっていたりするし、カードの口座には高級車が一台変えてしまうような金額がプールされていたりする訳なのだが・・・
ここで買ってやるって言ったら、こいつ絶対困るだろーなー。
快斗にとって些細な金額でも、青子にとっては大きな金額だと映るかもしれない。
理由も無く他人に金を出させるのを良しとしない性格だなんて事は分かり切っているのだ。
口紅の方は金額もそんなにしないし、そもそも夕食と相殺という事で落ち着いているが、このワンピースはそう上手くいかないだろう。
何か青子にワンピースを買ってやれる上手い口実はないか、快斗は真剣に悩み始めた。
客二人が二人とも口を噤み悩む様子を見て、店員は心得たものだった。
負担にならない程度に距離を取りながら、二人の出方を窺っている。
動いたのは青子が先だった。
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