闇は月に恋焦がれ、月は貴方を愛してる【4】
足早にホテルの地下駐車場に下りてきた快斗は自分の車の傍まで来てようやく安堵の溜息を吐いた。
今までどんなに厳重な警備網の敷かれた美術館に盗みに入っても冷静沈着で居られたのに、キッドとして青子の傍に居るというそれだけの事が快斗の心臓に多大な重圧をかけていた。
しんとした駐車場内に自分の心臓の音が響き渡っているような気さえして小さく苦笑する。
情けねぇなぁ。
これが天下の怪盗キッドとはね・・・
白い装束は目立ち過ぎる為、部屋を出て早々に着替えてしまっていた。
夜のシティホテルに居るには少々不釣合いな極普通な高校生の格好で廊下を抜け、エレベーターに乗り地下駐車場を目指しながら考えていた事は青子の事。
どうやらクラスメートの磯貝華成が関係しているようだが詳しい事はキッドの姿では聞き出す事が出来なかった。
恐らく黒羽快斗の姿なら青子も話してくれるだろう・・・
幼馴染の気安さから何の衒いも無くそう思う。
あんな辛そうな顔で泣きやがって、あの馬鹿・・・
天真爛漫な彼女に不似合いな何か苦い思いを胸に抱え込んで苦しんでいるような表情。
あんな顔俺が傍に居る時には絶対させたくない。
知らず掌に爪が食い込むほど握り締めて心の内で呟く。
荷物を座席に放り投げ、代わりに青子に着せられるような自分の洋服をトランクから引っ張り出す。
変幻自在の怪盗キッドは常に何着かの洋服を用意してあるから当然女物の服もトランクの中にはあった。
しかし、黒羽快斗が持っているのははっきり言っておかしい。
そう青子に追及されない為にも自分の洋服を持っていく必要があった。
青子にはちょっと大きめのTシャツと洗いざらしのジーンズを小脇に抱えて、サイドミラーを見て前髪を整えて腕時計をちらりと見遣ると丁度良い頃合。
自宅からホテルまでの時間を考慮して、快斗は一つ深呼吸すると青子の待つホテルの一室に戻る為歩き出した。
ノックを2回。
「青子?居るんだろ?入るぞ。」
必要以上に大きな声をドア越しに掛けて3つ数えてから快斗はホテルの室内に滑り込んだ。
しんとした音が不在の室内。
漬けられっぱなしの暖房が少し息苦しいくらいに部屋を暖めていて、雨の音は重厚なカーテンに阻まれてここまでは届かない。
眠っているかもしれないベッドの小さな膨らみに注意深く近づくと、快斗が危惧していた事が起っていた。
小さく震える羽根布団の塊。
しゃくりを上げて、嗚咽を堪える苦しげな息遣い。
ゆっくりとベッドの端の狭いスペースに腰を下ろすと、自分の精一杯の優しい声で呼び掛けた。
「青子?どうしたんだよ?」
止まらない泣き声。
枕を抱きしめて泣いている彼女に伝わるように、そぅっと布団の上から撫でさする。
何回でも、青子が泣き止むまで・・・
「なぁ、泣いてちゃ分かんね―よ。・・・青子?」
本当は胸の中で思いっきり泣かせてやりたかった。
強く抱きしめて自分がどれ程心配しているのか分からせてやりたかった。
でも、幼馴染の自分にそこまで出来る権利が無い事を嫌って言う程知っていたから、快斗は子供にするように優しくあやしてやる事しか出来なかった。
どのくらい経っただろうか?
青子が羽根布団の中で小さく身じろいだ。
「快・・斗?」
思わず零れ落ちてしまったかのような小さな小さな声。
全神経を青子に向けていたから快斗は聞き逃すような事をしなかった。
「なんだ?」
「そこに、いるの・・・?」
「居るぜ。」
「なんで・・・?」
「な〜んか、変な男から電話あったんだよ。青子がホテルに居るから着替え持って迎えに来いって。普通だったら怪し過ぎて素直に鵜呑みになんてしね―んだけど、なんか胸騒ぎっちゅうか、虫の知らせってゆーか、まぁ気になったんで来てみたんだよ。」
「・・・・・」
むくりと起き上がり羽根布団をゆっくりとどけて青子は真っ直ぐに快斗の瞳を見た。
真っ白なバスローブ。
体が漸く暖まったからか薔薇色に色付いた青子の肌。
くっきりと浮き出た鎖骨が扇情的で、状況も忘れて思わず生唾を飲み込んだ。
「快斗・・・・」
青子がゆっくりと指先を伸ばして快斗のくせっ毛に触れる。
青子の行動が読めなくて快斗はじっとしたまま動かなかった。
細い指先がゆっくりと地肌を擽る様に快斗のやわらかな髪に埋められる。
何処か官能的なその仕草に快斗は半ば呆然と青子の泣き濡れて赤くなった瞳を見ていた。
青子の視線が前触れも無く快斗の瞳から離れる。
快斗の胸元に視線が落ち、それから体の線を辿る様に徐々に視線は下がっていき、足元まで時間を掛けて行きつくと青子はゆっくりと快斗にしな垂れかかった。
ぎゅっときつくシャツに縋り付く感触。
「青子?・・・あお・・・って、おい!大丈夫か?!」
そのまま意識を失った青子はその後快斗が大慌てで病院に運び込んだ事も、怪盗キッドにまんまと逃げられて署で後始末をしていた父親が真っ青な顔で病院に駆け付けた事も知る事は無かった。
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