Wanted!【8】
「えっ?!」
「おいっっ!あれっっっ!!!」
「嘘ぉ・・・本物?」
「スゲェ!!」
すらりとした立ち姿。
春の穏やかな日差しの中にあるには少々挑発的な瞳。
居る筈の無い、白き怪盗。
「か・・・快斗・・・・」
言われた通りに教室へと取り敢えず向かっていた青子が口の中で無理矢理噛み殺した言葉は幸い誰にも気が付かれなかった。
それはまるで蜂の巣を突付いたような騒ぎの中に彼女が居たからに他ならない。
校庭に出ていた大半の生徒達の前に姿を表したのは昨年自らショウの幕を引いた筈の怪盗キッドの姿だった。
「うっへ〜。すげぇ乱痴気騒ぎ・・・」
眼下の江古田の生徒達をざっと見て快斗は思わず口笛を吹いた。
屋上のフェンスの上に危な気なく立っているのは持ち前の驚異的な運動神経が有ってこそ。
常人ならば強く横殴りに吹き付ける風に体ごと持って行かれて吹き飛ばされている事だろう。
モノクルの光がきらりと反射して鎖が風に踊る。
体に纏わり付くマントをまるで王者の風格で払いのけると快斗は張りの有る声で告げた。
「レデースエンドジェントルマン!!」
「おいっ!あれっ!快斗だよ!!!!」
「そっかあ!黒羽君かぁ!凄い!!そっくり!」
「格好良い〜〜〜♪」
最初にクラスメートが気が付き其れが伝染していくように周りへと広がって行く。
考えてみれば江古田高校のイベントに突如『本物』の怪盗キッドが現れる筈はない。
ではあそこに立っている人物は誰だろう?
黒羽快斗しか居ないではないか?
3段階思考で誰も疑う事無くあそこに立っているのは快斗だと誰もが信じていた。
青子はそんな群集の中で一人困ったように微笑む。
どこか誇らしげに・・・
「さぁってと♪」
賽は投げられた。
これだけ目立つ登場をしたのだ。
きっと・・・黙ってはいないだろう。見えざる敵も。
快斗は楽しそうに瞳を瞬かせるとたんっとフェンスを蹴り綺麗にバク転を決めて屋上へと降り立つ。
弧を描くスレンダーな体とふわりと宙を舞うマントが幻想的で誰もが目を奪われた。
地上からではもう快斗の姿は見えない。
「鬼ごっこの幕は俺が引いてやる♪」
シルクハットを片手で抑えて快斗は走り出した。
行き先は決まっている。
久し振りに身に纏ったこの衣装が嫌が応でも自分の中の志気を高めてくれる。
心地良い昂揚感。
キッドだった頃常に付き纏っていた振り払えない焦燥感と昏い影は削ぎ落とされて今はただ笑いたいような不思議な気分だった。
「悪くねぇな・・・」
純粋に楽しむ為だけにキッドになる。
発想の転換とでもいうべきか?
今の自分なら何でも出来るような、そんな感覚。
キッドを『演じた』快斗は一陣の風となって3階特別校舎の廊下を駆け抜けた。
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