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「なんや、工藤。今日の和葉とねーちゃん。変やなかったか?」
余り馴染みの無い中森という警部に連れられて二人警視庁の廊下を歩いている最中に、平次がこそりと新一の耳元に囁いた。
武道を嗜んでいる所為か、平次の声は空間に広がりやすい。
それは詰まる所、良く通るという事なのだ。
「服部。オメーそれでひそひそ喋ってるつもりなのかよ。」
呆れた様に新一は普通に返事を返した。
「別に良いやんか、そんな事。それより、さっきの話しやけど。」
「ああ、蘭と遠山さんの態度がおかしかったって事か?・・・そりゃ怒ってるんだよ。」
新一が子供っぽく鼻の頭に皺を寄せる。
今回の件でのドタキャンで、又一つ自分の株が下がった事をまざまざと肌で実感してしまい、人知れず落ち込んでいるのだ。
ポーカーフェイスが微妙に崩れて本音が覗いている。
「怒ってるんか・・・和葉の奴。しゃーないやん。今回是非に言われてもうたんやからな。」
「確かに。俺達専門じゃないのに、今回何故か熱烈に勧誘されたからなぁ・・・何か裏があるのか?」
最後の台詞だけは平次にしか聞こえない様に声を極限まで潜める。
すぐ前に歩いている中森警部が居ると言うのに、かなり大胆な事をやってのける名探偵だった。
「裏・・・ちゅーか、気になる噂は知っとるで。」
「なんだよ?」
「あんな〜。怪盗キッドの予告日に別の怪盗が予告出して来てるっちゅー噂。ダブルブッキングやで?警察も舐められたもんやな〜。」
「のんきに言ってる場合かよ。やっかいだよな。実際。つまり俺達は人手不足の警察に白羽の矢を立てられた訳か。」
「ほんま、迷惑やわ。」
急に二人の声が途切れたのを不思議に思って前を歩いていた中森警部が二人を振り返った。
途端に何食わぬ顔で離れる東西名探偵。
「何か心配事でも?」
「今夜の予告についてちょっと。」
さらりと爽やかに新一が言い、平次があっさりと続く。
「なんや、怪盗キッドの他にも予告が届いているとか噂聞いとんのやけど、ホンマかなぁて。」
その言葉に中森警部は苦虫を飲み込んだような複雑な表情を浮かべて、手に持っていた資料で肩の上を2回叩いた。
「あまり外聞も良くないんで、外部には伏せてるんだけどね。確かにキッドの他にも1通来ている。」
「それで?そいつの方の獲物は?」
本部が置かれている部屋のドアを新一が開けて、平次と中森警部が中に入るのに続く。
怪盗キッドを是非とも捕まえてやろうという熱気がむんむんと篭った男臭い部屋に、二人の高校生探偵は揃ってげんなりとした表情を浮かべる。
あからさまではないが、今回俺達部外者ですからという余所余所しい雰囲気はきちんと漂わせて、周りを牽制することは忘れない。
「信じられない事だが、同じ美術館に常設展示されているもので、古伊万里の大皿だ。キッドの方はイベント展示の方のビッグジュエルの一つ、『螺旋の星』だ。」
定位置に中森警部が座り、二人にパイプ椅子を勧める。
腰を下ろしながら、平次が帽子を被り直しながらニヤリと笑った。
「それなら知っとるで。なんでもこの前若くて美人のねーちゃんが相続した時価2億って言われてるダイヤモンドやろ?」
「カッティングが珍しくて、見詰める人間が惹き込まれる様に輝く事から『螺旋』って言われてるんでしたね。」
「モノ知りだね。二人共。」
感心した様に中森警部が言葉を切り、そして資料を二人に手渡して続けた。
「我々としては怪盗キッドは勿論の事、今回ダブルブッキングしているこそ泥の方は絶対に逃がす訳にはいかんと思ってる。何しろ、今後今回のケースを真似でもされたら正直敵わん。」
心労というよりは、完全に時間外労働に忙殺されて疲労を背負った中森警部の渋い声音に、ちょっと同情して平次が声を掛けた。
「そっちは絶対逃がさへんように協力しますわ。実際阿呆な事考えよる奴ぁ、仰山おるみたいやし。ここは一つがつんと見せしめとかんと。」
「そうですね。では僕達はダブルブッキングしている泥棒の方に協力する事にします。怪盗キッドはやはり専門にやってらっしゃる方々の方が捕獲に成功すると思いますし。」
人当たりの良い笑顔で新一が平次の言葉に続ける。
言葉の外面は警察の顔を立てる形になっているが、平次にはピンと来た。
結局の所、新一は厄介な怪盗キッドを中森警部に押し付け、簡単な方を取っただけなのだ。
ほんま、こいつ上手い事言いよるわ。こりゃ才能やで?
端正な横顔を眺めながら平次はこっそりとそんな感想を抱いたのだった。
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