Feel So Good -33-
  



  

「随分と蘭ちゃん怒ってるのね。」

オーナーは新一を慰める為に、近くを通ったウエイターにコーヒーの追加注文をした。

程なくして運ばれて来る熱いコーヒー。

新一は新しいカップに口を付けて、ようやく蘭から視線を外しテーブルの3人を見た。



「蘭の奴、全然口聞いてくんねーんだよ。」

「なんや、ねーちゃん今回めっちゃ怒ってな〜。」

「青子も怒ってたけどソコまでじゃなかったな。」

「そうなのかよ・・・蘭だけあんな怒ってんのか。なんで俺だけ・・・」

「普段からの蓄積じゃねーの?」

「心当たり有り過ぎやろ。工藤。」

「・・・確かに。」



苦渋の末納得したのか、新一がべちゃっとテーブルに突っ伏した。

相当キテいるらしい。



「蘭の奴、怒ると飯作ってくんねーんだぜ。」

「そりゃそやろ。普段がねーちゃんに依存し過ぎなんや。これを機会に改めたらええやん。」

「今更出来るか。」

「威張る事じゃねーだろ、新一。」

「んな事言ってもな。もう戻れねーんだよ。絶対。蘭が俺を甘やかしてんのは、俺が頼んだ訳じゃねーけど、楽覚えちまった体は率直に出来てんだよ。」

「一理あるな、新一の言う事も。」

「工藤みたいに何でも小器用に出来るんは、逆に結局やらんで済むなら何もせーへんしなぁ。飼い慣らされてんな〜工藤。」



冗談のつもりで平次が言った言葉に、真剣な顔をして頷いたのは新一だった。



「実際、俺もどうかと思うけど。やっぱ蘭が居ねーと駄目なんだよな。」

「へ?」

「あれま。」

「ま!!」



3者3様の台詞で驚きを表す周囲を余所目に、新一がコーヒーカップの取っ手を弄りながらぼそぼそと言葉を紡いだ。

はっきり言って滅多に見られるモノではない。



希少価値十分の名探偵の『敗北宣言』だった。



「約束すっぽかしちまったのは、正直初めてじゃねーし。俺も軽く考え過ぎてたんだけど。蘭の奴全然口利いてくんねーんだ。朝も家来ねーし。学校じゃ無視するし。夜は電話に出ねーし。」

「・・・それで?」

「最初は俺も意地張って見栄張って、だったらこっちもってな感じでポーカーフェイスだったのに。・・・辛くなって来ちまって。」

はぁっと海よりも深い溜息が一つ。

空気がずぅぅんっと重力によって重みを増したようだった。

「我慢強い方だと、勝手に思い込んでたけど・・・俺って結構脆いよな。」



本人が真剣である分なんとも言えぬ凄みの有る惚気になってしまっている。

余裕なんて微塵も窺えない切羽詰った瞳の奥で、一体どんな感情を押し殺しているのか。

一杯一杯な新一を目の前にして、二人は今までの彼の普通の態度が如何に苦労して鎧われたポーカーフェイスだったのかを思い知った。



恋する男は大変である。







「いや・・・なんや珍しいモン見せてもろたわ。」

「俺も正直新一がそこまで余裕ねーなんて思って無かったし。」

「・・・俺、そんなに余裕ありげに見えんのか?」

「余裕ありまくり〜の、女翻弄しまくり〜の、いけ好かない男っちゅー風に見える。」

「新一計算高そうだし。」

「見た目と中身は違うんだよ。俺みたいな男は特に。」

歳若くして社会に出た男が、手っ取り早く大人の社会に溶け込む為に擬態するのは良くある手だ。

そうやって作り上げたスタイルは早々簡単には取り払う事は出来ないが、外見に中身が追い付いているのかどうかは、周囲には分かり辛い。

新一が事恋愛に関して、築き上げて来た探偵としての社会的外面が通用していない事だけは、ここに居る人間に証明されたという事だ。



「なんや、悲惨やなぁ・・・ちと工藤が可哀相になってきたわ。」

「俺も・・・」



同情的な視線を集めても、新一の心を軽くする事は無いようだった。

再び蘭に向けられた視線はちらちらと弱気が見え隠れしている。

憂いを帯びた表情に近くのテーブルに座る女子高生が頬を赤め、騒いでいる。











「大変ね。可愛い恋人を持つって。」

くすくすとオーナーが笑い、すくっと立ち上がった。

思わずその動作を見守ってしまう平次と快斗。

「私が蘭ちゃんをこちらに連れて来てあげる。後はシンイチ君がなんとかしなさいね?」

「・・・え?」



思い付きもしなかった展開なのか、新一が本当に吃驚しましたと言わんばかりの表情で初めてまともにオーナーの顔を見上げた。

齢を重ねた老婦人の顔は年に見合った美しさがあり、悪戯っぽい瞳が彩りを添えるように瞬いている。

「意地っ張りはあの年頃の女の子の専売特許ね。でも勿体無いわ。」

さらりと言い放たれた言葉は妙に重みがある。

思わず可愛い彼女を持つ男子高校生3人は、顔を見合わせて苦笑した。



「でも・・・」

新一を検分するようにじっと見詰めて、呆れたように笑う。

「そのちょっと恐い顔。直しておいてね?」

相変わらずの混み具合の店内を人にぶつからないように上手く避けながら、オーナーが歩み去る。







新一は顔を覆って、小さく一言。

「・・・なんかちょっと今、自分が情け無くなったかも。」



同意するように、左右の悪友達から足を軽く蹴られて、新一はテーブルに突っ伏した。











  


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