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視線の先には。
スタイルの良い麗しい彼女が手際良く働いていた。
とてもバイト初体験とは思えないベテラン顔負けの仕事振り。
蘭は元々人の動きにも気持ちにも聡い部分があるので、その利を生かして最大限にウエイトレスの仕事をやりこなしているからだろう。
例えばメニューを見ていた客がメニューをパタンっと閉じるのを目の端に入れるとする。
蘭はそれでこの客と目を合わせオーダーを取る為にPOTを片手にそのテーブルへと近付くのだ。
効率は段違いに良い。
そして客の印象ときたら、コレ以上と無く好印象になる。
容姿仕事振り共に、ウエイトレスは彼女に良く合っていた。
「蘭ちゃん、生き生きしてるね〜。それにスッゴク楽しそう♪」
青子がふっと息を抜いて、くすくすと笑った。
快斗も似たような柔らかな表情を浮かべ、こそりと同意するように頷く。
「接客業は天職かもね、彼女。・・・ま、嫉妬深い王子様はそれを良しとしないだろうけど。」
快斗の目線の先では奥歯をぎりぎりと噛み締めながら、小さなヤキモチの炎を胸の奥に燻らせながら、まるで呪文を唱えるように一心に何かを願う名探偵の姿。
仲直りをしたいのに、彼女はその切っ掛けさえこの憐れな男に恵んでくれるつもりはないらしい。
ハロウィンの日に喧嘩続行中だった3組の中で一番拗れているのは間違い無くこのカップルだろう。
「あ、そろそろ青子仕事に戻るから。」
「青子っ!帰り何時になるんだよ。迎えに来るから教えろ。」
「え?良いよ。遅くなるし。」
戻り掛けた青子が肩越しに振り返ってひらりと手の平を振る。
ふわりと揺れたプリーツの襞と一瞬形を浮かび上がらせる形の良いヒップに、快斗は鼻の下を伸ばしそうになって慌てて取り繕った。
かなり格好悪いと自覚しているのだから。
「心配なんだよ。今の世の中色々物騒だしな。」
今日の青子の可愛いウエイトレス姿にやられたイカレタ野郎がストーカーにならんとも限んねーし。
心の中の声は、青子には不用意には聞かせられない。
怖がらせたってどうしようもないのだから、悪の芽は小さな内にこっそりと摘み取るに越した事は無い。
快斗が力強く青子に向かって言い切ると、青子は顎先に人差し指を付けてう〜んと考え込んだ。
なかなかうんと頷かない青子に快斗が焦れ出した頃、オーナーが快斗の味方に付いてくれた。
「一緒に帰ったら?青子ちゃん。私もその方が安心だわ。だって女の子3人で夜道を歩くだなんて、避けられるなら避けた方が得策よ?」
「ん〜。オーナーがそういうなら。」
あまり乗り気で無いながら、青子がようやく了承し、快斗は心の中で安堵の溜息を吐く。
青子が快斗と一緒に帰るならば、漏れなく和葉も平次と一緒に帰る事を了承するだろうし、3人のうち2人までが彼氏連れで帰るなら蘭も新一と帰らないとは言い出し難いだろう。
仲直りが未だの最後の二人の事まで考えて、快斗は仕事に復帰する青子を快く送り出した。
「じゃ、後でね?快斗。」
ひらひらと手を振り、可愛いウエイトレスが遠ざかって行く。
名残惜しそうに視線を送るものの、後程の逢瀬は確実に約束されたのだから、快斗は潔く視線をテーブルの中央に戻した。
なかなか仲直りの切っ掛けを掴ませてくれない手強い彼女を持った探偵を盗み見ると、段々と険しい顔で一心に振り向いてはくれない彼女を見詰めている。
ちょっといじらしい。
「どうして『シンイチ』君は、蘭ちゃんをあんなに睨んでるのかしら?」
「・・・睨んでませんよ。多分。」
いささか恋人を見つめるというには強過ぎる視線だが、それは決して鋭い切っ先を向けているのではない。
ちゃんと甘さを含んでその姿に陶酔しているという潤みを湛えているのだから。
ただ。
・・・それだけではないというのが、現在問題になっているのである。
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