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「お待たせしました。」
快斗は青子の顔を見て、こりゃマズイと感じた。
にっこりと曇り一点も無い営業用スマイル。
透明感の溢れる爽やかな笑顔は、裏を返すと相手を透明フィルターみたいに風景に透かして特別な感情を抱いていないという、スタイルの現れなのだ。
青子は人が良いから裏が無い。
だからこそ知らない人にも無邪気に笑顔を向ける。
その笑顔を幼馴染の快斗に向けるのだから、その真意はズバリ「怒ってます!」という事なのだろう。
快斗の口の周りの筋肉がひくりと痙攣した。
「青子ちゃん?あの〜。」
「ブルーマウンテンのお客様は?」
にぃっこり、と笑顔で黙らされて、快斗は渋々口を噤んで右手を軽く宣教師の様に挙げた。
ほっそりとした指先が音も無く静かに綺麗な小花柄のカップを快斗の前に置く。
芳醇な香りが鼻腔を擽り、質の良い豆を使って丁寧に淹れたコーヒーだと知れた。
ぴったりと青子の華奢な体に巻き付いたコスチュームは間近で見れば見るほど出来が良くて、青子の為だけに作られた物であるようにとても似合っている。
ビロードみたいに光沢があって、でも羽根の様に軽そうな素材は、青子の動きに合わせて綺麗な襞を作って揺れる。
俺の為だけに、着て見せてくれたのならどんなに嬉しかったか。
きっと青子はそこんとこ全然分かってねー、と快斗は気づかれない様に伏せた目の奥にゆらりと苦い想いを滲ませた。
そんな風には自覚しない青子が悔しくて、つい反動の様に子供だと馬鹿にしたような態度を取ってしまって、泥沼になる事だって本当は分かってる。
今回の事だって、切っ掛けは快斗が約束をドタキャンした事なのだが、争いを拡大し助長してしまったのは、青子の意地っ張りと快斗の子供っぽさなのだ。
ある意味似合いのカップルなのかも、と快斗は自ら嬉しいんだか嬉しくないんだかの結論を下した。
「オリジナルブレンドです。」
快斗、新一の前に順々にカップを置いていった青子が、最後に平次の前にカップをかちりと置いた。
カップの水面はゆっくりと円を描く様に波打ち、やがてそれも静けさに溶ける。
迷いなんて何処を探しても無い、きっぱりとした仕草で青子はぺこりと一礼してテーブルを去ろうと踵を返した。
黙って指を咥えるなんて、やっぱり出来なかった快斗が、思わずといった体で青子の細い腕をぱしんっと取った。
「あ。」
行動を起こした本人が一番驚いている。
青子は呆れた様に一言声を発したっきり固まっている快斗を一瞥した。
平次は面白そうに二人を見守り、新一は興味が無い様子で蘭に鋭い眼光の照準を合わせたまま、コーヒーを一口飲み込んだ。
余談ながら、味が本当に分かっているのか、問い詰めたい所だ。
全く持って蘭一筋を地で行く男に、平次はある種の羨望の眼差しを向けそうになって、慌てて思い返した。
一歩間違えば単なる阿呆な男やんけ、羨ましいやなんて、どうかしとったわ・・・
平次がやれやれと頭を掻いていると、青子の背後に一人の影が被さった。
「青子ちゃん?」
「?・・・ってオーナー?!」
青子が振り返ると、ソコには真っ黒なドレスのオーナーが子供が興味のあるおもちゃを前にしたみたいに、きらきらと瞳を輝かせて青子達を見ていた。
青子は背後の快斗に熱い視線を注ぐオーナーに、冷や汗を流した。
先ほど散々見たい見たいと駄々を捏ねた青子の幼馴染が実は目の前だと言う事に、オーナーは気が付いたのだろうか?
青子はこの店がお気に入りで、洋服を選ぶ際には良くこのオーナーに見立てて貰ったりしているから、年齢に反してこのオーナーが若若しくミーハーで、そして無邪気にこの手の恋愛話が大好きなのを知っている。
もし今ココで黒羽快斗の正体が露見してしまえば、青子と快斗を決してオーナーは自由になどしてくれないだろう。
オーナーにその気が無くても、青子は恋愛関係でからかわれたり囃されたりするのに慣れてないし、この先慣れたいとも思わない。
快斗は注目を浴びるのが大好きと言っても過言ではないが(これも天性のマジシャンだからだろう)、青子は今この場所で要らぬ注目を浴びたくは無いと強く思う。
唯でさえ何故かちらちらと視線を感じるのだ。
コレ以上はバイトもちゃんとやりたい青子にとって、我慢する範囲を越えてしまう。
オーナーは青子が口を開くのを待っている。
こくりと、青子は息を小さく飲んだ。
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