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「青子ちゃん。黒羽君ご指名やで?」
青子がコーヒーメーカーに新しい豆をセットしている所に、和葉がやって来て、その白い耳朶にそっと囁いた。
青子はびくりと体を揺らして、拗ねたような唇に恨めしそうな瞳で和葉を睨んだ。
「和葉ちゃん、快斗に何言われたの?青子、絶対行かないからね。」
「まぁまぁ。あれで随分堪えとるみたいやで?黒羽君。笑顔に全然艶ないしな。」
「艶・・・和葉ちゃん、絶妙な言葉使うね。」
青子は出入り口からぴょこんっと頭を出し、そっと快斗達のテーブルの方を偵察した。
確かに自己主張の激しい快斗の艶やかなオーラが鳴りを潜めて、なんだか存在が空気に溶け出してしまいそうなほど希薄だった。
少しの平熱でも簡単に揮発してしまいそうな、そんな雰囲気。
青子は改めて和葉に向き直って、救いを求める様な眼差しを向けた。
ここに来て、怒っていた筈の自分が既にほだされそうになっている事に気が付いたからだ。
この気持ちの流れをもう止められない。
「ああ、そんな不安そな顔せんといて。大丈夫。あたしも結局そうなんやから。」
「・・・甘いよね・・・実際。」
ふぅっと胸の中に溜め込んでいた冷たくて硬い気持ちの塊を体の外に吐き出してしまうと、もうなんだか笑ってしまいそうな自分が居る。
青子は床をかつんっと蹴って、あ〜あと口に出して溜息を付いた。
「やだなぁ、もう!快斗にとって都合の良い女の子なんかになりたくないのにっ!」
「でもな〜。あんまり意地張ってまうと、戻れなくなるんよ。素直な自分に。ここらが潮時や思うで。」
「・・・和葉ちゃんって、大人。西の名探偵さんの彼女って感じだなぁ・・・」
「『彼女』やなんて改めて言われると、照れるな〜。」
赤い頬で照れた様に微笑む和葉に、青子はよしっと気合を入れる。
「青子、あのテーブルに行って来るっ!注文の品は?」
「あっと、飲み物のオーダーがブルーマウンテンとキリマンジェロとオリジナルブレンドなんやけど。」
傍で忙しく働いていたベテランのウエイターが、にこにこ笑いながら手早くカップにそれらを注ぎ入れる。
「あ、スンマセン。」
ぺこりと和葉が頭を下げ、青子も慌ててお礼の言葉を口にしながら、盆にソレを受け取った。
「いや、君達のお陰でお店は繁盛だし、空気も良いからね。」
「『空気』って?」
「雰囲気がね。凄くやり易い。しかも和むね。声を聞いてるだけで。」
優しげな表情でそんな事を言われ、二人は顔を見合わせて頬を染めた。
褒められているのだろうけど、面と向かって言われると嬉しさより恥かしさが先に立ってしまって、どうして良いのか分からない。
ベテランは初々しい彼女達をくすりと笑って、他の用事を片付ける為に厨房の奥へと消えて行った。
そう、店は大繁盛で猫の手を借りたい程忙しいのだ。
二人もいつまでもおしゃべりに興じてる訳には行かない。
「えっと・・・あの、行って来ます。」
「いってらっしゃい。」
和葉に送り出されて、青子はフロアに滑り込む。
滑らかな歩きに、エプロンがふわふわと体の線に寄り添う様にふわふわ揺れる。
青子の姿に気が付いた快斗が、超合金のロボットにスイッチが入った様にしゃきんっと背筋を伸ばすのを目に入れて、青子もすぅっと息を吸って自分に気合を入れた。
最終的には許してしまう事になるのが分かっているから、せめて手強いと思わせなければ。
簡単に甘い顔なんかしてやんないっ!
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