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思わず和葉はそちらを振り向き、自分を呼び止めた人物が平次と同じテーブルに座った男だと悟り、しまった!と正直に顔に書いてしまった。
しかし、元々そのテーブルは和葉の担当場所だったし、何より和葉がそちらを向いて反応を返してしまったという事で、暗黙の内に和葉が注文を取る事になってしまっている。
店内はまだまだ盛況で、人手は余っている所か足りない状況。
和葉はまんまと黒羽快斗に掴まった、という事だった。
本当に不精不精という態度で和葉がテーブルに近付いて来た。
腰をきゅっと絞っている大ぶりの白いリボンが、ひらひらとスカートのプリーツに合わせて揺れている。
平次は思わずごくりと喉を鳴らしてしまい、快斗に足の甲を軽く踏まれた。
「・・・ご注文をどうぞ。」
硬い声と、薄っすらと冷気が漂う視線が落とされる。
快斗とは初対面の筈なのだが、和葉は平次と知り合いらしいというだけの快斗にさえ、そんなツレナイ温度の視線を投げ掛けた。
思わず苦笑が零れ落ちた快斗は、頭をくしゃりと器用な指先で掻き回しながら、言葉少なくオーダーを口にする。
「ブルーマウンテンとカリブサンド、それからミートドリア。」
「キリマンジェロとシーフードグラタン。」
メニューをいつの間に見たのか、新一が続いて和葉に告げる。
平次はメニューから顔も上げずに口早に注文した。
「オリジナルブレンドとメキシカンタコスとビーフシチュー。」
ちらり、と和葉の視線がビニールコーティングされたメニューを貫いて、平次の秀でた額に突き刺さったかのようだった。
氷の結晶がちらちらと言葉の端々を彩って、綺麗だけど少し恐ろしい和葉の声が聞こえた。
「ブルーマウンテン、カリブサンド、ミートドリア、キリマンジェロ、シーフードグラタン、メロンソーダとストロベリーサンデーがお一つずつですね。」
思わず平次はメニューをばさっと机の上に放りだし、まともに和葉と視線を合わせてしまった。
柔らかそうな耳たぶに光る赤い石。
折れそうな白い首には薔薇を象ったチョーカー。
目の前の幼馴染はそんな普段見慣れない格好で、西の名探偵を誘惑するくせに、突き放すような怒りの色をその大きな瞳に映し出すのだ。
「和葉。俺が悪ぅゴザイマシタ。・・・機嫌直せや?」
「嫌や。」
「な?和葉。今度埋め合わせするし。」
「そんな確証もない口約束信じるほど、あたし頭悪くないで?」
取り付く島の無い和葉の態度にたじたじの平次が、思わず助けを求めるように二人を見遣る。
新一はまったく平次の事を見ていなかった。
当てにならない東の名探偵に、平次は身勝手な恨みを抱いて足で新一の脛を蹴り上げた。
「痛ぇ〜よ。」
じろりと睨み、珍しく反撃して来ない新一に、平次と快斗はぞっと背筋を凍らせた。
かなり精神的に崖っぷちに立っているらしい。
「遠山さん、あの、俺黒羽ってんだけど、あんまり服部の事攻撃しないでやって。こいつ、結構落ちこむと鬱陶しいキャラだからさ。」
「・・・黒羽って、あんた、青子ちゃんの彼氏?」
「!!」
快斗は改めてちょっと吃驚した。
二人の幼馴染っぷりを知る旧知の人間達は、快斗と青子の事をそんな風には評さない。
だから『彼氏』『彼女』だなんて、改めて言われると、なんだかこそばゆい感じがして困ってしまう。
「・・・なんや?違うん?」
「違いません違いませんっっ!・・・・あ〜。なんか新鮮で・・・」
「何が?『新鮮』て?」
「あ〜。上手く言えねーけど。青子って俺の女なんだなぁって、人からそう見えんだなぁなんて、感慨に耽ってみたり。」
嬉しそうに笑う快斗に、和葉は毒気を抜かれたようにその顔をまじまじと見詰めた後、溜息を一つ吐き出し表情を和らげた。
しょうがないなぁっと目尻を柔らかく微笑ませる。
「そんな嬉しそうにするくせに、約束破っちゃうんやね?・・・ほんましょーもな。」
「それについては・・・青子、怒ってた?」
「怒ってたに決まってるやん。怒らん女なんてこの世の何処探してもおらへん。・・・でもな。」
快斗だけではなく、平次も漸く視野に入れて、和葉は胸を張って腰に手を当てた。
厳かに宣言するかの如く、でも少しだけ悪戯っぽい雰囲気でポニーテールを揺らす。
「許してやるか、許してやらへんか、2種類の女が居るんよ。」
「・・・和葉は、どっちなんや?」
拳をきゅっと握り締めて、緊張して顔の強張った平次が懇願するように和葉を見上げる。
絡んだ視線に一縷の望みを託して、ごくりと生唾を飲み込んだ。
運命の、瞬間。
「・・・許してやらへん、言うたら、あんたどないするの?」
「・・・どうも出来へん。」
情け無い表情で平次が困るのを見て、和葉はころころと笑った。
楽しげな軽い声に、平次が目に見えてぱぁっと表情を輝かせる。
「今回だけやで?」
甘い宣告にこくこくと必死に頭を上下させる。
とことん平次に甘い和葉は、自分の事を呆れながらも、忘れ去っていた訳じゃないけどなんとなく意識の外に弾き飛ばしていた快斗の方に、くるりともう一度振り返る。
「青子ちゃんがどっちの種類の人間かは自分で確かめて。チャンスは作ったるから。」
「感謝します!」
にっこりと微笑むと、和葉が小さく待っててなと囁き、テーブルを後にする。
先ほどと打って変わってその身を包む雰囲気がパステルカラーになっているのは気の所為ではなくて、腰に揺れるリボンまでがステップを踏んでいるかのようにふわふわと弾んでいる。
零れ落ちる笑顔は一層輝きを増したのか、それを目にした男達が総崩れででれでれするのを見て、平次がむっと額に青筋を立てるのが面白いと、快斗は笑った。
先の展望が開けた事で、漸く少しばかりの余裕が戻って来ている証拠か。
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