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「似合ってるよな。急ごしらえの筈なのに。・・・畜生、青子の奴、俺が頼んだってあんな格好してくれないくせに。俺が居ない所ではああ言う格好してくれちゃったりする訳ね。ふ〜〜〜ん。」
悔しさを口調の端々に滲ませて、快斗ももう一度じっくりと青子の姿を観賞する。
可愛いのだ。
どうしようもなく。
纏め上げた髪の毛が、白いうなじが、ふわふわと華奢な首筋に掛かる後れ毛が。
薄紅色のふっくらと柔らかそうな唇から、「どうぞ召し上がれ♪」なんて湯気の立つコーヒーなんて出された日には、うっかり本能が暴走してその場に押し倒してしまいそうなくらいに、強烈に可愛い姿だった。
18年間生きてきて、青子と過ごして十数年。
初めて見る姿だと言っても過言ではない。
「蘭の奴。俺の方ちっとも見やしねぇ。」
こちらはいつまで経ってもその可愛いに決まっている姿を至近距離から見ることが叶わず、いい加減逆ギレしそうな新一。
指先がこつこつとテーブルを叩き、組んだ足は今にも蘭に向かって歩き出しそうな程落ち着きが無い。
幾ら視力が良いと言っても、限度がある。
相当短いと予想されるタイトスカートに、ほっそりとした腰と豊かに張りの有るヒップを強調するかのようなシンプル且つ繊細なエプロン。
胸元を飾る複雑な模様のレースに細いリボン、隠された双球はその存在を主張するかのように、布地を押し上げている。
これらは全て、推測だ。
見える範囲の事から、新一が勝手に想像しているだけ。
でもおそらく真実から程遠くは無い筈で、それを確認したい男心がざわざわと臓腑をざわめかす。
自分こそがこの世の中の誰よりも彼女の姿を間近で見る権利が有る筈なのに、何で権利が侵害されているのか?
自分の代わりにその距離を手に入れた男達がなんと多い事か。
新一の光の加減によっては蒼く見える瞳が、次第に据わっていく。
平次と快斗はその事に気が付いて、柔らかな飴色の木の椅子をがたたっと新一から離した。
「工藤。取り敢えず落ち着けや。その犯罪者追い詰めるような目ぇ止め。」
「ん?俺の目がなんだって?」
「だからさ。その稲妻が出そうな殺人的な目を一般市民に向けるのは、止めてくれ。こっちの心臓が痛い。」
「オメーの心臓なんざ毛が生えてんじゃないかってくらい図太いじゃねーか。冗談はヤメロ。」
テーブルに肩肘を付いて、顎を手の平に乗せ長い指で頬を包む。
どこぞのテーブルから「きゃぁv」という黄色い悲鳴が上がる程度に、新一はゆっくりとニヒルに笑った。
空気はハードボイルドだ。
「・・・駄目だ。こいつ本当に彼女絡むと人が変わるな。」
「ねーちゃんの事に関しては余裕ないっちゅー事やな。」
こそこそと新一に背を向け再確認する二人。
同じテーブルに居ると、まったくもって居心地が悪い。
なんとなく一つのメニューを二人で広げ、オーダーを見る振りをしながらの作戦会議は、いささか情け無い姿だったのは否めない。
「ともかく。何とかせな、工藤暴れ出すんとちゃうか。・・・恐ろしぃな。」
「突破口開くか。毛利さんは遠過ぎて手が出せない。」
「アホ。工藤差し置いてねーちゃんに声掛けて見ろ。・・・血ぃ見るで。」
「・・・一番近い遠山さんから牙城を崩そう。OK?」
「俺が声掛けてもなぁんも無かったように綺麗に無視しよるで、和葉は。そないな態度は筋金入りや。」
「んじゃ。俺が・・・服部怒んじゃねーぞ?」
「俺を工藤と一緒にすな、アホ。」
心外だと眉を寄せた平次にほっとして快斗がタイミングを見計る。
和葉以外のウェイトレスを呼び止めてもしょうがないのだ。
絶対に和葉をこのテーブルに近付けさせなければ、次の手なんて打てやしない。
全てはこの人の心を掴む事に天才的な能力を発揮する快斗の手腕に掛かっている事を、平次は正しく理解していたので、せめて邪魔になら無いようにメニューで自分の立派な体を隠そうと努力した。
新一ははなから二人の計画には関知せずに、ただひたすら毛利蘭ただ一人を見詰めている。
和葉が盆に載せていたケーキを3つ配り終えて、手ぶらになった時だった。
快斗の瞳がきらーん☆と鋭く光り、ずばっと垂直に右腕が上げられた。
注目せずに居られない鋭さと、意気込みを感じさせる強い眼差し。
「スミマセン!注文をお願いします!!!」
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