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「あっ。オーナー。」
にこにこと老婦人が厨房に降りて来た時に、ちょうどコーヒーを受け取りに来ていた蘭と青子はびっくりした。
あのハロウィンらしい格好のまま、勝手気ままに頭の上の戸棚を開け、花柄模様のカップを取り出す。
二人は一目見て、それがかの有名なウエッジウッドのティーカップである事に気が付いた。
「これ、お気に入りのカップなのよ?ここでお客様と混じってお茶を飲む時は、コレを使う事にしてるの。まぁ子供っぽい我侭ですけど。」
「あ、あのお淹れします。」
コックが慌ててオーナーからそれらを奪い取り、手持ち無沙汰になったオーナーは二人に取り合えずお盆を置くように目線で促した。
「ちょっと気になったんだけど、本当は青子ちゃんお約束があったんではないの?それがなんで急に今日バイトをしてもらえる事になったのかしら?」
「あ・・・」
それは楽しみにしていた大好きな幼馴染との約束が反故にされたからです。
そんな風に素直に言うのが恥ずかしくて、青子は上手い言葉を捜して口篭もる。
事情を知っている蘭はちょっと困った様に微笑んだ。
「言い難い事?」
「そういう・・・訳じゃ、無いんですけど・・・」
「あら。そういえば、蘭ちゃんは今日大丈夫だったの?結構突然だったでしょ。お誘い自体。」
「あ。」
今度は自分が口篭もる番で、蘭は指先でエプロンのフリルを弄りながらどうしようと悩む。
少しだけプライベートを、特に幼馴染の事を言うのが気恥ずかしかった。
自分では一生懸命幼馴染の悪口を言っているつもりなのに、それを聞く人間は揃って「また惚気て・・・」なんて蘭をからかうのだ。
最近少しだけ自重するようにしている事だし、黙って誤魔化そうかなと気持ちが傾いた時だった。
青子がぽそりと口を開いた。
「幼馴染と・・・約束してたんですけど。向こうの都合で駄目になっちゃったんです。」
「あら、残念ね。それっていつも話してる『カイト君』の事でしょ?」
「えっ?!あ、青子そんなに話なんてしました?!快斗の事なんてっ!!」
可愛らしく頬を紅色に染めて慌てる青子を楽しそうに眺めて、内緒話をする距離までオーナーは近付いてきた。
額が触れるほど近く、こそりと話す。
「だって青子ちゃん気が付いてないでしょうけど、凄く楽しそうに『カイト君』の事話すのよ?名前を出さないでちょこっとだけ話題に出る時もあるけど、大抵青子ちゃんの態度を見てれば一発で分かるわ。」
「あ・・・そんな。」
「青子ちゃんってば。そうだよね。私も青子ちゃんが快斗君の話をする時は、やっぱり笑顔が違うなぁと思ってたよ。」
「蘭ちゃんまでっ!」
かぁぁっと紅潮しつづける頬を両手で隠して、青子は俯いてしまった。
頭の天辺からつま先まで、恥らい方が可愛らしく、オーナーと蘭は顔を見合わせて微笑んだ。
「私、結構見た事も無い『カイト君』の事知っているのよ?例えば青子ちゃんが買って行った水色のワンピースを珍しく褒めてくれたって事とか、誰某と喧嘩したのって呟いてる時に青子ちゃんが酷く落ち込んでいる事とか。全部その『カイト君』絡みなのよね。」
「ええっ!そ、そうなの?」
消え入りそうな小さな声で蘭を窺う青子に、くすりと蘭は頷いた。
彼女の感情が幼馴染の態度一つで大きく揺れ動くのは、間近で見れば見るほど明白だからだ。
「青子ちゃんは本当に幼馴染のその『カイト君』の事好きなんだなぁって、私自分の事みたいにドキドキしちゃうのよ?」
「やっ!そんな事無いです。別に快斗の事なんて好きなんかじゃ・・・」
最後の言葉は喉の奥に引っ掛かって、唇から出て行かなかった。
オーナーは瞳を輝かせて、まるで少女みたいに嬉しそうだ。
「照れなくて良いのよ。だって私も青子ちゃんの年くらいの時には、そうやって相手の態度に振りまわされたものですもの。ね。蘭ちゃんもそうでしょう?」
「えっ?!あ。私は・・・その。」
「蘭ちゃんだってそうだよね!ほら、新一君の話しする時凄く嬉しそうだし、今回も約束破られて悲しそうだったし!!」
こうなったら一緒に落とし穴に落ちて貰おうと、青子がここぞとばかりに新一の話題を持ち出す。
その必死な様子は、不利な自分の同士を作ろうと頑張る子供に似ている。
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