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ピンク色の可愛らしい煙が晴れると、そこには既に気障な怪盗の姿は無かった。
唖然と中森警部は口を半開きにする。
袋小路の廊下に追い詰めて、後はまさに手錠を掛けるだけ、だったのだ。
「そんな馬鹿な。」
「警部。呆けてる場合じゃないでしょう?」
いらただしげに白馬が言い捨て、自らつい先程まで怪盗キッドが立っていた場所へと近付く。
警官にその場に待機する様に指示を出し、中森警部がもう一度ソノ場所を振り返った時だった。
微弱な風が前髪を揺らす。
「ん?」
ドォォォンッッッ・・・
白馬が立った場所の天井の一点から圧力さえ感じられるほどの煙が噴出し、瞬く間に当たり一面を白い世界へと塗り替えた。
盗んだと見せ掛けて、盗んでない。
逃げたと見せ掛けて、逃げてない。
怪盗キッドの常套手段だと気が付いてももう遅い。
全ては白い煙の中で、するりと警察の手を交わした怪盗キッドの得意げな微笑さえも誰の目にも触れる事は無かった。
「聞こえっか〜?」
『聞こえてまっせ〜。』
漫才みたいなやり取りも、人から見たら独り言をぶつぶつと呟いているようにしか見えない。
それは二人が使っているのが超小型トランシーバーで、何処につけているのかまったく他人に悟らせないからだ。
阿笠博士&灰原制作のそれは、少年探偵団が使っていた初代のモノから比べて、精度も能力も上がっている。
研究マニアとも言える二人は発明ジャンルにおいては雑食性で、トランシーバーの開発をやっているかと思えば、ガンの特効薬の研究に手を付けてみたり、かと思えば、自己学習能力に特化したコンピュータープログラムなんて夢みたいなものの理論を語る。
何かと助かっている新一は、そんな二人を目の前にして口にこそ出さないが、他に楽しみはねーのかと問い詰めたくなる事もしばしばだ。
『愉快犯はルートCにて逃走中。マーキングは済んどるで〜。』
「了解。ポイントBで挟み撃ちにするぞ。」
警官を2人従えて、東の名探偵は人通りの少ない従業員用の通路を挟む。
自分達の作戦に参加してもらっている警官は体力がある若い人間ばかりなので、後ろを気にせず全力疾走出来るのは助かる。
新一はサッカーで鍛えた脚力で、平次と打ち合せたポイントに急いだ。
『工藤。なんや犯人ちっこい拳銃持ってるみたいやでっ!威嚇射撃されたわっ!』
「おいおい。大丈夫なのか?また腹に穴なんて空けてねーだろーな?遠山さんが泣くぞ?」
『お前にだけは言われとーないわ。そないヘマするかいっ!』
「そんな大声出すな。気付かれねーのか?」
走りながらの会話にお互い息が切れぎみになってくる。
新一は阿笠博士から手渡されたボール射出ベルトの改良版を、ポケットから取り出し左腕に装着する。
ベルトでは不便だと文句を言ったら、後日手渡されたリストバンド版だ。
「使えるかね?」
博士が耳にしたら失礼な事を言うんじゃないぞ新一君とかなんとか怒り出しそうな台詞を呟き、新一は長い廊下の終点にある角を曲がった。
犯人の目の前に突如踊り出た新一は、慌てず騒がず慣れた態度で犯人の足を止めるべく手に持っていたパチンコの玉を廊下にばら撒いた。
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