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「青子ちゃん!これ3番テーブルっ!」
すれ違いざまに蘭からカフェラテを渡され、青子は丸いステンレスの盆の上にその洒落たカップを乗せて、再びテーブルの海の中を泳ぎ出した。
満席御礼。
カップルやら家族連やら、気安い友人同士やら。
雑多な人種で賑わうカフェの中で、やっぱりウエイトレスは忙しいのだった。
しかも、テーブルに座ると目線は自然と立っている人間の腰の辺りに蟠る事になる。
テーブルとテーブルの間を通る際に、絡み付くような目線にぞくりと背筋が冷えたのも一度や二度ではない。
青子はさすがに困ったなぁとお客様から見えない所で頭を抱え、表情を曇らせた。
こんな所を快斗にでも見られたら、何を言われるか。
思考が自然とそこに辿り付き、青子はぷるぷると頭を振った。
外見からは想像も付かないほどヤキモチ妬きの幼馴染のご機嫌ばかり気にしているようで、情けなくなる。
たまには自分が羽目を外しても、バチは当たらない筈。
「そうそう快斗の良い様になんて行動してやんない!」
顎をつんと上げて、頭の中から幼馴染の姿を追い払うと、青子は目的のテーブルへと急いだ。
「蘭ちゃん!15番テーブルにお冷入れてぇな!」
慌しく厨房に消えて行く和葉に耳打ちされて、蘭は良く冷えたガラスのポットを片手に再び喋り声の絶えないフロアに歩き出した。
ミニスカートが気になる。
あからさまにじろじろ見られるのはさすがに精神的に疲れてしまい、蘭は溜息を付きたくなる。
元々幼少時からそう言った類の視線には縁があるタイプだったが、大抵父親や幼馴染が傍に居て、凍てついた視線一つで撃退してくれていたものだ。
こんな風に一人でこの視線の嵐に晒されるのは心細く、つい裏切り者の幼馴染の姿をフロア内に探してしまうのだった。
「駄目駄目・・・あいつなんかに頼っちゃ。」
自分を置いて事件を優先した幼馴染への怒りを確認するように口に出して、蘭は知らず溜息を付きそうになって我に返り、コホンと席払いで誤魔化した。
「遠山さん!悪いっ!これ2階の特別室にいるお客様に持って行って!」
カフェのフロアチーフに呼び止められた和葉は美味しそうな匂いの漂うワッフルとブラックコーヒーを手渡された。
「はい。」
少し雑多な空気に酔いそうになっていた和葉は渡りに船とばかりに元気に返事をし、一人従業員通路を通って人気の無い廊下に出た。
人の体温で暖められていない空気は、身体に篭った熱を吸収して冷やしてくれる。
額に張り付いた前髪を指先で揺らしながら、ぼんやりと窓の外を眺める。
住宅地の中の大通り前という立地条件だからだろうか。
車が通る道ではないので、人がのんびりと通りの真中を歩いている。
時折さわさわと木陰を揺らす爽やかな風が悪戯に人々の間を擦り抜けるくらいで、穏やかな時間を切り取ったかのような風景。
ほんまは今日平次と出掛ける筈やったのに・・・
頭を一つ下げただけで、薄情な幼馴染は探偵仲間と一緒に自分を置いて出掛けて行ってしまった。
「あんな男、もう知らへんもん!」