|
女の長電話とは良く言ったものだ。
蘭は手元の時計から推測するに、もうかれこれ1時間以上彼女と電話で喋っている事に気が付き自嘲の思いから少し笑った。
「蘭ちゃん?どないしたん?思い出し笑いしてんの?」
不思議そうな声が遠く隔たれた二人の距離をモノともせずに耳元に届いた。
彼女は関西在住で滅多に会える事は無い。
でもこうやって声を聞くだけなら頻繁な確率だと言えた。
蘭は携帯電話を持ち続けている所為でだるくなった腕を軽く回しながら、電話の相手、西の名探偵の彼女遠山和葉に返事を返した。
「ううん?違うの。ちょっと長電話しちゃってるなぁと思って。ごめんね。付き合わせちゃって。」
「なんや、そんな事気にせんといて?あたしも蘭ちゃんと喋ってるとつい時間忘れてしもうて。あ、ほんま、もうこんな時間なんや。」
吃驚したような声に被さって、遠くから彼女の父親が彼女の名を呼ぶ声が聞こえる。
「あ、堪忍。おとんに呼ばれてしもうた。また連絡するし、ちょうこの電話切らせてな?」
「うん。私もメールするね。」
軽いお休みの挨拶と共に電話を切る。
丁度いつもの就寝の時間になっている事に蘭は改めて驚いた。
軽い気持ちの電話だったので、まさかここまで長電話になるとは思っても見なかったのだ。
羽織っていたカーディガンだけでは寒い空気を防ぎ切れなくて、体が大分冷えてしまっている。
蘭は着替えを用意し、お風呂で暖まろうと部屋を出ようとした。
チャラララララララ・チャララララララララァァン〜〜♪
可愛らしいオルゴールチックな着信メロディがメタルパールピンクの軽量ボディから流れ出す。
蘭は再び携帯を手にしてディスプレイに目を落とした。
中森青子の文字に、慌ててボタンを押す。
「もしもし?青子ちゃん?」
「あっ!蘭ちゃんだ〜。良かったぁ♪やっと繋がった!」
ぽんぽんと鞠の様に弾む愛らしいソプラノ。
高校が違うがひょんな縁で知り合った綿菓子みたいな女の子、中森青子は嬉しそうに蘭に喋り掛けた。
「あのねあのね。突然でなんなんだけど、蘭ちゃん10月27日暇?」
彼女の言葉に学生鞄を引き寄せ中からディープブルーの手帳を取り出す。
スケジュールの10月の欄を確認して蘭は密かに眉を顰めた。
『新一と映画』と書いた上から2重線で取り消してある。
そう、この日は新一に予定をキャンセルされた日だったのだ。
「空いてるよ。なぁに?青子ちゃん。」
「良かったぁ!もう後三日しかないから、駄目かと思った〜。」
心底ほっとしているような声に蘭は俄然興味を引かれる。
ベッドに浅く腰を掛け本格的に電話をする体制を整え、青子の次の言葉を待った。
「ね。蘭ちゃんバイトしない?青子を助けると思って!」
「バイト?」
「うん。ハロウィンの企画モノ、なんだけど、青子の好きなブティックがバイトさん探しててね?青子は懇意にしてるオーナーさんから直接知り合いに声掛けてくれないって頼まれたの。」
「どんなバイトなの?」
蘭はバイトをやった事が無い。
特にお金が要り様だと思った事は無いし、ああ見えて過保護で親ばかの小五郎がバイトに良い顔をしない事も手伝って今まで無縁の存在だったのだ。
それがココに来て青子からの誘い。
蘭は純粋に興味を引かれた。
「うんとね。簡単に言うとハロウィンの仮装してお菓子配ったり、簡単なウェイトレスさんをやる感じ。そんなに難しくないし、一日だけの限定バイトだし、どうかなぁ?」
「青子ちゃんは?」
初めてなので一人は心細い。
蘭の不安はそのまま声に滲んでいて、青子は満面の笑顔で応えた。
「勿論!やるよ!そのブティックね、青子の好きな雰囲気のお洋服一杯売っててね。今回のバイト代でそこのお店のお洋服買うんだ〜。特別に店員さん価格で売って貰えるから、2重にお徳なんだよ〜。」
「何て言うお店?」
「『RainyFish』っていうお店なんだけど・・・蘭ちゃん知ってる?」
「あっ!知ってる!確かチョコケーキが美味しい店だって、色んな雑誌に載ってるよね?」
「そうそう!そのお店。お洋服の他にカフェとかアクセのお店とかやってて、凄く可愛いんだよ♪」
「うわぁ・・私のあそこの洋服可愛いと思ってたんだよね〜。」
「蘭ちゃんに絶対似合うよ!冬の新作で可愛いミニスカートあるんだよ。蘭ちゃんロングブーツと合わせたら絶対似合う!青子保証する!」
「あ・・・やりたくなってきちゃった。ねぇ本当に私で良いの?」
「うん。是非お願いします!ね、明日放課後暇?一回だけ面接兼仕事説明があるんだけど。行ける?」
「大丈夫!行ける!」
「じゃあ。米花駅前のオルゴール館の前で5時に待ち合わせね!」
「了解♪」
「じゃオヤスミナサイ〜。蘭ちゃん。」
「おやすみなさい。青子ちゃん。」
ぴっと電話を切ると、蘭の中でむくむくと楽しい気持ちが沸き上がってくる。
青子ちゃんとバイト。
非日常的な何かが、とてもわくわくする出来事を運んで来てくれそうで、蘭は鼻歌を知らず歌いながらお風呂場へと向かった。
| |