Dancin on the moon 【5】
その日の夜、『言わなくても蘭は俺のパートナー』なんて馬鹿な事考えていた名探偵に一本の電話が掛かってきた。
「この大馬鹿名探偵〜〜〜〜〜っっっ!!!!!」
鼓膜が破れんばかりの怒鳴り声にキーーーンッッという耳鳴りが起こり、新一は盛大に顔を歪めた。
その声は近くにいた刑事達にも丸聞こえで何事かと注目を浴びてしまい、新一は携帯片手にこそこそと壁の近くまで逃げ出した。
人目を憚るように通話口を手で囲い小さな声で受話器の向こうの人物に話し掛ける。
「なんだよ?黒羽。行き成り携帯に掛けて来たと思ったら怒鳴りつけやがって。別に仕事はちゃんとやってるだろ?」
「ダンパの『仕事』はな。」
背筋にぞくりと寒気が走るような低い怒声が耳を打つ。
どうやら本気で怒っているらしい大怪盗に新一は慎重に言葉を選んだ。
「何があった?」
「お前。あのお嬢さんに申し込んでねーだろ?」
「・・・ちょっと、タイミングを逃してて・・・」
「阿呆。馬鹿。愚図。のろま。ボケなす。」
「・・・まずかったか?」
「今更気付いたのかっっ!!!その優秀なおつむを使ってよっく考えろ!!!!」
「・・・俺が蘭にダンスの申し込みをしないと・・・蘭は俺以外の人間の申し込みは受けねーよな?多分。」
「そうだよ!おまえ以外とは踊りたくないんだと!!!」
「・・・」
頬を密かに染めて照れる新一の気配を察知して快斗が怒鳴りつける。
「照れてんじゃねーよっっ!!大馬鹿!!!問題はそこじゃねーんだよ!!!」
気を取り直して新一が続ける。
「そうすると・・・。・・・もしかして不安がってる?」
「その先!!!!」
「不安を通り越すと・・・」
新一はある考えに思い当たってさぁっと青褪めた。
ここ最近の忙しさは尋常じゃなくて、学校では殆ど蘭としゃべる事など出来なかった。
たまにノートやら弁当やらを手渡される時には蘭に会えたという事実だけで舞い上がってしまいゆっくりとダンパの話などする事など出来なかった。
そう・・・二人の間でダンパの話が出た事は一度としてなかったのだ。
「もしかして・・・・蘭の奴。俺がダンパに出る気が有る事を知らない?」
「今頃気が付いても遅すぎるんだよ!!!!ド阿呆っっ!!!」
「俺が出ないと思ってる蘭は・・・どうするんだ??・・・俺以外とは踊らないって事は・・・待てよ・・・蘭の性格から言って・・・・おいおい・・・・もしかして・・・・」
「実行委員やるんだと!青子と一緒に!!!!」
「なんだとっっっ!!!!」
思わず携帯に怒鳴りつける新一。
遠巻きに伺っていた刑事達が余りの大声にびくりと身を震わした事などお構い無しに新一は尚も大声を張り上げる。
「蘭の奴よりによって一番どうにも出来ない状況に飛び込んじまってんだよ!!」
「おめぇの所為だろーがっっ!!!」
「そうだけどっっ!!!・・・・ああああ、実行委員なんて当日忙しくて何も出来ねーぜ?!」
新一はあれやこれやと考えていたプランを根底から覆されていらいらと拳を壁にぶち当てた。
鈍い音がして外壁がぱらぱらと地面に落ちる。
そして・・・ふと重大な事に今更ながらに気が付いた。
「おい。今中森さんも実行委員になったって言ってなかったか?」
「『蘭ちゃん一人で実行委員なんて可哀相だから。青子もやる事にしたの。折角誘ってくれたのにごめんね?快斗。』」
本物そっくりの声色で快斗が青子の台詞を繰り返す。
額を冷や汗が伝う。
新月の晩の一人歩きは当分控えよう。
真剣にそう思う。
「・・・済まなかった。そっちまで巻き込んで。」
反省を込めて電話口で謝る。
「地の果てまで反省するんだな。名探偵?」
かちゃんと通話が切られる。
忘れていた呼吸を漸く思い出して、新一はゆっくりと深呼吸をした。
本気で怒っていた快斗が恐ろしい。
今回はどう考えても俺の落ち度だな。
自戒を込めてその意味を噛み締める。
そしてその優秀な頭脳を終結し始めていた事件をそっちのけで名誉挽回策にフル回転する名探偵の姿が有った。
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