Dancin on the moon 【10】





「ちょっとっ!快斗!」

曲と曲との切れ目にするりと人の輪を抜け出した快斗は、少々強引に青子を廊下へと連れ出した。

しんとした廊下には二人以外に人影はなく、青子は急に異次元に紛れ込んでしまったかのような心細い気持ちになった。

握られた手をきゅっと握り返すと快斗が振り返って小さく笑った。

「どうしたんだよ?」

「なんか・・・ちょっと・・・」

歯切れの悪い青子の言葉を別段と気にした様子も無く、快斗はずんずんと廊下を進んでいく。

急に目の前が開け、薄オレンジ色の光に照らされた小さなロビーに出た。

「ここは?」

「この先に特別室が有るのさ。」

にやっと笑って快斗が指差す先には、明かりの点いていない薄暗い廊下が延々と続いていた。

ロビーの端に備え付けられていた木製のレトロな椅子に腰掛けると、青子は立ったままの快斗を見上げる。

「快斗はその特別室に行った事が有るの?」

「あるよ・・・」

何かを懐かしむような瞳を特別室に向けて、小さく快斗が呟く。

「親父に連れられてね。」

「あ・・・」

思い掛けない人物の名が快斗の口から飛び出してきて青子は言葉を失った。

困ったように目線を左右に振り、最後に快斗を見上げる。

鋭角的な顎のラインにぼんやりと見惚れ、はっとそんな場合じゃないと気がついた。

「工藤が毛利さんの為にダンパの後にここに連れて来ようと提案してきた時、正直吃驚したんだ。」

快斗の視線が青子を捕らえる。

「ここが親父とお袋の思い出の場所だったからさ・・・」

「そう・・なの?」

「ここで親父はお袋の事ワルツに初めて誘ったんだ。マジックショーの後、客として来ていたお袋を壇上から呼び出してさ。」

「素敵だね!」

「そうか?お袋の方はなにがなんだかさっぱりだったらしいぜ。行き成り呼ばれて『私とダンスを。』なんて言われてさ。」

「思い出の場所なんだ?」

「そう。」

「ここに青子を連れてきたのはその話の為?」

青子が快斗の両手をとって引っ張る。

堪らず前屈みになった快斗の目の前に花のような笑顔を浮かべた青子。

前髪が青子の額に掛かるほどに間近に二人の視線が絡み合った。

「つまんなかったか?」

「ううん!すっごく嬉しい!今度叔母様に詳しく聞いてみようっと!」

ふんわりと嬉しいそうに笑う笑顔に魅了されて、半ば無意識に唇をそぉっと柔らかな青子のソレに重ねた。

両手を何時の間にか指先で絡ませて、時間を忘れたかのようにゆっくりと口付けを交わす。

濡れたような瞳が時々開けられてはまた閉じられる。

漏れる吐息が艶めかしい。

「・・・は・・っ・・・」

ゆっくりと体を起こした快斗がぽやんとした青子を見て小さく苦笑した。



いつか聞いた親父の話。



親子2代で何やってんだか・・・



人気の無い小さなロビーは親父がお気に入りの場所で。

必ず二人でやって来ては人目を盗むように甘い口付けを交わしていたと聞いたのは、快斗が未だ小学校に上がる前で。

普通子供にんな話するか?!と当時は思ったが(それでも理解していたんだから我ながらマセていたと思う)、今となっては聞いておいて良かったカナと思う。



不思議そうに快斗の苦笑の意味を伺う青子に手を差し伸べて、快斗は晴れやかに笑った。



まるで冬の日の太陽のように。

「さっ!戻ろうぜ!」





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