恋敵・5
「よっ、失礼するぜ、ジュリアス。」
ジュリアスのサクリアが復活して聖地に戻ってから1週間。ジュリアスはまだ療養中だけどもう顔色なんかはすっかりよくなって来た。
オレはあれから毎日、執務の気分転換にジュリアスの病室に顔を出しているんだが…
「ゲッ、ランディ野郎!」
「なっ、入って来るなりそういう言い方はないだろう、ゼフェル!」
「そうだよ、そういうのっていけないと思うな、ゼフェル。」
「なんだ、おめえもいたのかよ、マルセル。」
まったく、この二人と一緒じゃ気分転換もできやしねえ。そう思っていると、
「誰でも私を見舞ってくれるのなら私は歓迎する。だが、騒ぎに来たのなら他所でしてくれるとありがたいのだが。ゼフェル。どうなのだ?」
ジュリアスがそう言った。ジュリアスはまだベッドから出られない。あの仕事の虫にしちゃあ、よく我慢してると思う。
「オレだけが悪いんじゃないぜ、こいつらも…っ!」
「おまえがいきなり怒鳴ったんだろう!ゼフェルっ。」
「誰でもいい、大きな声を出すのは勘弁してくれ。」
「あ、ごめんなさい。二人とも、もう少し小さな声で話してよ、ジュリアスさまは安静にしてなきゃいけないご病人なんだよ。」
ちぇ、マルセルめ、自分だけいい子になりゃあがって。でもまあ、確かに声がでかいかも知れねえな。ジュリアスがしばらく大声ださねえから、最近オレたちの声ばかり目立つんだよな。……あと、オリヴィエの声もだけどな。
「まあ、いいや。俺とゼフェルが一緒だとつい大声出しちまいそうだしな。ジュリアスさま、じゃあ俺たちはこれで失礼します。マルセル、行こう。」
「うん、ランディ。じゃあ、ジュリアスさま、お大事に。」
「ああ、気を遣わせてすまぬな。ランディ、マルセル。」
やっと二人が出てったんで、オレは隠し持ってた本を服の下から引っ張り出してベッドの横の椅子に腰掛けた。
ジュリアスはちょっとくたびれたみてーだが、オレはどうしても見せたいもんがあったんで構わず持ってた本をあいつの目の前に持って来た。
「なんだ、それは……まさか?」
「おう、とりあえずオレ一人で行ってきちまった。おまえの実家!」
オレの持って来た本は、例の城の観光案内も兼ねた写真集ってとこだ。よくあんだろ、どこの観光地にも。
ジュリアスは呆然としているみてえだ。外見は昔と変わってねえのかな。
「それでよ、ほら、これ、おめえだぜ。」
オレは付箋を挟んどいた、あるページを開いてジュリアスに見せた。
そこには城の中に飾ってある絵が紹介されているんだが、その中にジュリアスの肖像画もあったんだ。オレはもちろん現物も見たけどな。
「その絵は…私が聖地に来て間もなく、頼まれてモデルになったものだ。だが、実家に送られていたとは知らなかった。…そちらの絵は…七年ほど前のものか…。」
絵は二枚あって、その一枚に描かれているのはまだ小さな子供だ。きっと親がこっそり頼んだかなんかしたんだろうな。昔は写真もねえしな。
もう一枚は十代、だよな。前の女王試験の時くらいかもな。両方ともジュリアスらしいしゃんとした表情がよく出てて、似てやがるって感心したもんだ。
「その絵はよ、そこの城の展示品の中でもすげえ人気あるもんらしいぜ。美術的価値はそれほどでもないらしいけど人気があるから売ったら相当するかもな。」
「そうか……」
ジュリアスはその絵…特にガキの頃の絵のほうにじっと見入っていた。もしかすると親のことでも思い出しているのかも知れねえ。でも、まだ見せたいもんはあるんだ。
オレはその本の次の付箋のページを開いた。
「ほれ。この絵だよ。」
ジュリアスは目を瞠った。そのページには金の髪を結い上げた、青い目をしたきれいな女の人の絵が載っている。
「…は…母上…?」
「そうだ。ちゃんとここに書いてあるぜ。『光の守護聖ジュリアスさま御生母の肖像』ってね。……やっぱ似てるな。」
ジュリアスはなんにも答えなかった。オレもそれ以上なにも言わないで手が疲れるまでその絵をジュリアスの前で開いて見せてた。本の陰になってジュリアスの顔は見えなかったけど、多分ちょっと泣いてた。…と、思う。
「私は母の顔を覚えていなかった。」
本を閉じてしばらく経ってからジュリアスがそう言った。ジュリアスは天井を見ながら…って、本当はただ上を見てたんだろうけど…こう続けた。
「覚えているのは…香りと…抱かれた感触のような…そんなものだ。」
「…香りってのは、どんな香りだ?…やっぱり香水とか?」
「いや……なんと言えば良いのか…そうだな…ハーブの香りかも知れぬ。私の生まれた頃はまだ香水、と言うものはなかったのではないかな。…まあ、花や香木の混ざった香りだろう。優雅で、甘い香りだ。」
「ふうん…」
それからまたジュリアスは黙っちまった。
オレはなんだか沈黙に耐えられなくなったんでそろそろ戻ろうと思って席を立った。
「じゃ、その本置いてくからよ。加減のいいときに見ろよな。」
「……ああ、すまぬな、ゼフェル。」
「いいってことよ。」
「だが……」
「へ?」
「あまり外ばかり行っていてはならん。大概にするのだぞ。」
ああ、ついに言いやがった。珍しく言わねえなと思ってたんだがな。
「へーへー、わかりました。」
けどジュリアスの顔はどっちかっていうと笑ってた。オレも柄じゃねえけど、ちょっとウインクしてから部屋を出た。
「で、これがジュリアスのかーちゃん。」
「うわあ。とっても素敵な方ね。金の髪と青い目と…ジュリアスにそっくりだわ。」
オレはもう一冊同じ本を買って、アンジェにプレゼントした。一緒に行こうと言ったけど、やっぱ女王がそんな簡単に出歩けるもんじゃないんで、とりあえず写真だけでも見せとこうと思ってさ。で、とりあえずアンジェの部屋に来て説明してるわけだ。
「うーん。そっくりって言うか…まあ、この目尻のきゅっとしたとことか、眉毛のキッとしたとことかは似てるかもしんねえな。」
「素敵な方ねえ。こんな素敵な方を見て育ったんじゃあ、私なんかがいくら逆立ちしたって駄目ねえ。」
「けどよ、ジュリアスのヤツ、母親の顔を覚えてなかったって言ってたぜ。」
「え、そうなの?」
「おまえ…じゃなく陛下はそう言う話はしねえのか?ジュリアスと。」
「……お母様の事、お聞きしてみたことはあるけど…そう言えば、あまりよく覚えてはいないっておっしゃってたわ。……そうだったの…顔も覚えてらっしゃらなかったの…」
オレもアンジェももう親には多分二度と会えねえ。けど、親の顔を忘れるなんてことは絶対ないと思う。17年間も育ててもらった思い出は良くも悪くも残ってるしな。
けど、ジュリアスはたった5年間だ。いや、ジュリアスは聖地に来てすぐ守護聖になったんじゃねえハズだから4年とちょっとなんだよな。覚えてねえのも無理はねえ。
「まっ、寂しくなかったはずはねえよな。……いろいろ、可哀想な奴だよなあ…本人に言ったら烈火の如く怒りそうだけどよ…」
アンジェリークは少し泣いてた。
「けどよ、あいつは今は幸せなんだからいいじゃねえか。」
「え…?」
「おめえって言うパートナーはできたしよ。オレ思うんだけど多分おまえたちずっとこのまま…一緒にいられるような気がする。…根拠ねえんだけど、なんかすごくそう言う気がすんだよ…って、うわあ、なんでオレがこんなこといわなきゃなんねえんだ?」
「ゼフェル…ありがとう。」
ホントに、なんでオレがこんなこと言わなきゃなんねえんだよ。
でもよ、そんなガキの頃から聖地にいて世間のことなんにも知らねえジュリアスが、初めてアンジェのこと好きになって、やっと世間並になったってえのは、すごく意味がある事のような気がするんだ。
オレにだって今まで付き合ったりちょっとは好きになった女の子ぐらいいるのによ。
アンジェほど本気になった奴もいねえけど、……ジュリアスにはかなわねえって気がするんだ、なんか…本気の度合いがよ。
オレは本を抱きしめてるアンジェの頭をぽんぽんと叩いて、部屋を出た。
TO BE CONTINUED