恋敵・6



「おい、ジュリアスはどうした?!」
寝こんでからもうすぐひと月になるってある日の朝、あいつがまたいなくなった。
「ジュリアスさまなら、少し体を慣らして来るとおっしゃって厩舎の方に行かれたが?」
「なに呑気なこと言ってんだよオスカー!今聖地の門のとこエアバイクで通ったら、あいつの馬みてえのがいるじゃねえか。見間違いかと思って一応こっちに戻って来たんだが…ありゃ間違えねえ、ジュリアスめ、また外に出やがった。」
「そうか。……ま、おまえが…俺もか…言う台詞じゃないがな…。」
「なにっ?!」
「まあ、そういうこともあるんじゃないかと思ってはいたがな。だがジュリアスさまだってもうだいぶ療養なさって体調も戻ったようだし、聖地の門の前には車だって待機してるんだ。前に出たときもジュリアスさまはお一人でタクシーに乗られたんだろう?なら無理はなさらないさ。どうせ、行く先はわかってるだろう、おまえにも。」
「…ま、まあな。」
「本格的に執務に戻られる前に行っておきたかったんじゃないのか?」
「…そうかもな。」
「ま、あまりお帰りが遅いようだったら迎えに行くさ。」
と、オスカーがそこまで言ったとき大慌てでロザリアが飛び込んで来た。
「陛下を御存知なくって?」
オレとオスカーは多分同じことを考えた。そしてハモった。
「陛下まで?!」
アンジェの奴!オレが連れてってやるって言ったのに!



もうすぐ昼って頃、ジュリアスとアンジェは聖地に帰って来た。二人が外に行っちまった事はまだ他の守護聖にはバレてなかったようなので、大事にならずに済んだようだし、ジュリアスもあまり疲れてる様子はねえんで、よかったけどよ…。
謁見室で待ち構えていたオレたちにアンジェは思いきり頭を下げた。
「ごめんなさいっ!」
「申し訳のしようがない。全て私の責任だ。」
「ジュリアスは悪くないの、私が無理やりくっついて行ったの。」
「いや、陛下に見つかった時点で中止するべきだった。…いや、それ以前の問題だな。みだりに外出するなど、首座の守護聖のする事ではなかったな…しかも二度目だ…。」
「べっ、別に守護聖が外に出てはいけないって決まりはないのよ、ジュリアス。それに関してはここにいるお二人は何もおっしゃらないと思うし…ね?」
黙って聞いていたロザリアが口を挟む。
「ね?…じゃありませんよ陛下!私は黙ってませんわよ。だいたい陛下は勝手過ぎます!本当に、わたくしの立場になってくださいな!陛下にもしものことがあってからでは…」
「あら、それならジュリアスが一緒だから大丈夫。こう見えてもジュリアスって結構強いのよ。うふ。」
「陛下!うふ、じゃありませんよ。外に出たことに関しちゃあ、俺に言えた義理じゃないですけど、ジュリアスさまは半病人ですよ。お元気ならばまだしも…」
オスカーも口では心配してなさそうに言ってたけど、あれはやっぱり置いてかれたことでちょっと拗ねてたのかもしんねえな。ま、オレもそうだけどよ。
「て言うかよ、陛下!オレが連れてってやるって約束したのに、なんでおとなしく待ってねえんだよ、ジュリアスに内緒でって…あ、いけね。」
ま、それを聞いてもさすがに今のジュリアスには文句を言えた義理じゃねえようだけどな。
「まったく、皆に心配をかけてしまってまことに申し訳ない。私はどのような罰でも受けるので、陛下は見逃してやってはくれまいか。」
ま、オレは別に無事帰って来さえすりゃあ文句ねえけどな。…ちょっと口惜しいけど。
「ごめんなさい、ゼフェル。一日でも早く行ってみたかったの。でも本当に行ってよかったわ。私、とっても嬉しかったの。ジュリアスの生まれたところに行けて。
でもやっぱりいけない事なのよね。ごめんなさい、ロザリア、オスカー。本当に私がわがまま言ったからなの。ジュリアスさまを責めないで。」
まったくずるいぜ。この二人にこう言われてオレたちがこれ以上怒れると思うか?
オレたち三人、顔を見合わせて思わず溜息をついたぜ。
「仕方がありませんわね。お二人とも、これからは絶対!このようなことの無いようにしてくださいましね!」
「承知している。申し訳ない。」
「はい、ロザリア。本当にごめんなさい。」
ま、結局オレたちみんな、陛下にはかなわないってことさ。



そのあと、オレはたまたま暇だったんでジュリアスが執務に復帰するためにいろいろ準備をしようとするのを手伝ってやることにした。オスカーも手伝いたそうだったけどあいつは仕事があったんでいやいや諦めたんだ。へへっ、なんか気分いいぜ。
「で、どうだった?ウン百年ぶりの我が家はよ。」
「いや…別に…特にどうと言うことはなかったな。」
「へ?そんなもんか?」
「そんなものだ。考えてもみるがいい。私は母の顔さえろくに覚えていなかったのだ。まして、自分が生まれたとはいえ、物心付く前に出てしまったところだ。それほど明確な記憶もないし……思い出もない。」
「ふうん?」
「だが……」
「だが?」
ジュリアスはなんかちょっと暗い顔になった。そして深い溜息をつくとこういった。
「地下牢があるのだ。」
「へっ?」
「昔の城にはどこでもあったらしい。小さくて光がほとんど入らない、牢というより穴蔵だ。しかもそこに下手人…城に忍び込もうとした者とかだがな…を収容しておくのだが…恐ろしいことに、いつの間にか忘れられたそうだ。」
「ゲッ、それって…」
「そうだな。私も子供の時分、白骨が入っているのを見たような気がするぞ。」
「うへえ、マジかよ。…子供って、そういうことは覚えてるもんだな。」
「ふふ…そうだな。」
けどよ、ジュリアスの顔を見たらなんかちっとも笑ってなくって、ずいぶん疲れてるみてえだった。無理もねえよな、久しぶりに歩き回ったっんだから。
「少し休めよ、ジュリアス。おまえ今日ちょっと調子に乗りすぎてねえ?」
「…そうかも知れぬな。では、私は隣の部屋で少し休ませてもらう。」
「おう、そうしろよ。オレはどうせヒマだし、もう少し片付けとくわ。」
「そうか。ではよろしく頼む。」
けどなんだかオレ、ジュリアスが言いたかったのは地下牢のことなんかじゃねえ気がした。
まあ、あいつが話したくねえんならしかたがねえけど…なんか、水くせえよな。



そうしてるうちに外もだんだん暗くなって来たんでオレはそろそろ戻ろうかと思ってジュリアスのいる部屋に入った。寝てっかもしんねえと思ったんでそっと入ってったんだけど、あいつはソファに横になったままじっと上を見てた。なんか目が赤かった。オレはまずいとこに来ちまったと思ってそっと出てこうとしたらあいつの方から声を掛けてきたんだ。
「私が聖地に行く日の朝のことを思い出したのだ…。」
ジュリアスは静かに話し始めた。もしかすると、これがさっき言いたかったことかも知れねえ。オレはごくっと息を飲んだ。
「わたしは守護聖になるために育てられた。だから守護聖になれるとわかって、とても嬉しかった。こんなに早くなれるとは思っていなかったからだ。
私は喜び勇んでわが城の玄関をくぐった。もう、二度と帰ることはないわが城の…」
ジュリアスはそこでふうっと息を吐いた。
「私が喜んでいるのだから、私を守護聖にするべく育てた両親も、それを喜んでいるとばかり思っていた。…いや、実際父は誇らしげだったと…思う。……だが…」
オレはそのとき、ジュリアスの目に光るものを見た。
「私は一度も振りかえることなく、両親と別れ、門を出ていった……と、今まで記憶していた。だが…今日あの城のある場所で蘇った記憶がある。
……私は一度だけ振りかえったのだ。何故だと思う?」
「……なんで?」
「誰かの泣き声を聞いたような気がしたからだ。……嗚咽、と言ったほうが良いかな。」
「…おふくろさんの、か?」
「きっとそうだろう。だが私はほんの少し振りかえっただけで、すぐまた前を向いてしまった。気のせいだと思ったからだ。母も父も喜んでいるのだから、と。」
ジュリアスは目を閉じた。
「今日、何故か確信したのだ。母は泣いていた、と。当たり前だろう、まだわずか四歳の子供を恐らく永遠に手放すのだ。普通の母親なら身を裂かれる思いであろう。だが、私はそんな母の気持ちなどまったく理解していなかった。」
「そりゃ…仕方ねえんじゃないのか?子供だったんだしよ。」
「…だとすれば、本当に子供とは残酷なものだな。…そなたはどうであった?」
「オレ?……そりゃまあ…オレもおふくろに泣かれて参ったけどよ…いきなりだったしな…でもまあ、オレはすぐ逃げ出すつもりだったんで、あんまり…そうか…オレ、あれで最後なんて思ってなかったんだな…だから……」
なんとなくジュリアスの言いたいことがわかって来た。子供を永遠に失っちまう母親の気持ちなんて、子供にはわかるわけねえ。
けどそれって、なんかすげえ親不孝だよな。どんな理由があろうと、親より先に死んじまう子供みたいなもんで、親にとっちゃ最悪の結末なんだよな。
せめて最後のときぐらい精一杯親と別れを惜しんでくるならともかく、ジュリアスもオレも…そんなのが最後だなんてよ…。
理由は違うけど…めちゃくちゃ親不孝だよな…。ごめん、おふくろ……
「オレ…おふくろに、きちんとさよならって言って来なかった…。またすぐ帰って来るって…そんなことばかり…けど、おふくろはもう会えねえってわかってたんだな…なのに…オレ…っ…」
ばかやろう、オレまで涙が出て来やがったじゃねえか。
「ゼフェル。そうか…そなたも……」
ジュリアスはとても優しくて穏やかな顔になって言った。
「子供というものは…いつまでも親にとっては子供なのだ。そして、死ぬまで心配をかけ続けるものなのかも知れぬな。」
死ぬまで…か。おふくろまだ生きてるかな…もし生きてても相当なババアだろうけど、まだオレのこと元気でやってるか心配してんのかな。
「死んじまった子供よりましかな。オレたち少なくとも親より先には死なねえもんな。」
「……そうだな。」
なんか、オレはおかしかった。ジュリアスとオレ。生まれも育ちも性格もなにもかにも全然違うはずのオレたち。けど、こんな共通したとこがあったなんてな。
「今度のことでは本当に良い経験をした。そなたにも本当に感謝している。」
「……オレも、だな。ジュリアス。オレ、おめえのこと、ちょっと見直したぜ。」
「そうか…ふふ…それは光栄だな。私も…そなたが好きになった。」
好き……だと?オレはいきなり直球が来たんでビビっちまった。ああ、ホントにこいつって…普通は全然素直じゃねえのに、妙なとこですげえ素直になるんで参ったぜ。
オレは顔が熱くなって来やがった。ああ、そうだ。オレもこいつのこと好きなんだ。こいつにならアンジェを任せてもかまわねえ、アンジェの好きなヤツがこいつでよかったって本気で思ってるんだ。
いや、こいつだけじゃねえ。もちろんアンジェや、ルヴァや、他の連中や、…聖地のヤツらのこと…好きなんだ。……口が裂けても言う気はねえけどよ。
ジュリアスはいつの間にか起きあがって、ソファに腰を掛けていた。
そして、オレに向かって左手を差し出した。あれ?そう言えばオレは左利きだけど、なんで、こいつまで左手を出すんだ?そう言えばいつも右手は衣装のせいでふさがってるんだよな……もしかして、こいつも実は左利き、とか?…で、なんで手え出してんだ?
「立ちてえのか?」
「何を言っている、握手だ。」
な、なにこっぱずかしいこと言うんだ、こいつ。…ま、でもいいか。特別に握手してやらあ。オレもこいつのこと、もっと知りたくなったしな。
「これからも、どうかよろしく頼む。良いな?ゼフェル。」
「おう、こちらこそよろしく頼むぜ、ジュリアス。」
オレたちはしっかり握手した。なんか守護聖も結構いいもんだな、とオレは思った。
よし、ちっとはまじめに守護聖してやるか!…オレは心の中でそう誓った。


ま、ど〜せ三日坊主になるんだろうけどよ。



END

なんだかいまいちラストが決まらなかったです…(ToT)
でも二人が仲良しになればそれでよし、なんで…まあ、これでよし(爆)