恋敵・3
「気分はどうだ?ジュリアス。」
「あ、ああ…少しは落ちついた。迷惑をかけたな…すまぬ、ゼフェル。」
街に繰り出したジュリアスとオレだったが、昼過ぎあたりからジュリアスの体がおかしくなって来た。夕食はなんとか食ったが、もうその後は酒どころじゃねえ状態だ。そしてオレが選んだ手近のビジネスホテルにチェックインし、そのままジュリアスは床に着いちまっんだ。
「医者、呼んだ方がいいか?」
「……いや、このまま横になっていれば、朝にはなんとか起きられるようになるだろう。…外界の医者に身分を隠して診てもらうのは心許ない。」
「けどよ、この程度のホテルだとチェックアウトの時間になったら放り出されるぞ。
…もっといいホテルに泊まるか、病院に行くか、仕方ねえから聖地に帰るか…」
「………情けない…」
「あん?」
「まだ聖地から出て来て一日も経っていないのに、この有様だ。聖地を離れれば多少は疲れが出るかも知れぬと思ったが、これほどとは…まったく情けない体だ…」
「……しょ〜がねえって…オレにも責任はあるけどさ、おまえってほんとに聖地では働き詰めだからよ。じゃあ、いい休養だと思って、でかいホテルで寝てくか?」
「…いや、明日まで様子を見て、起きられぬようならそれから他の方法を…いや、必ず起きられるようになって見せる。」
「おい、無理すんなよ。」
「無理ではない。」
「はいはい、じゃあ、もう寝ようぜ。オレもこのままおとなしく寝るからさ。」
「…ああ、そうしてくれるか。すまぬ。」
「いいってことよ。じゃ、おやすみ。」
「ああ。」
オレはまだまだ眠くなんてなかったけど、仕方ねえから布団に潜った。
翌朝、オレが目を覚ますとジュリアスはソファにもたれて座ってた。
「おう、ジュリアス。もういいのか?気分悪くねえか?」
「起きたのか、ゼフェル。心配をかけたな。もう大丈夫だ。だいぶ気分がよい。」
「そ〜か、そりゃよかった。じゃまあ、今日はゆっくりしようぜ。う〜んと、そうだなあ、どこか景色のいいところでも…って、野郎同士じゃつまんねえか…。」
「そうだな…そなたに任せる。まあ、あまり体力を使わずに済むところにしてくれると助かるがな。」
「……そうだなー…、じゃ、映画でも見に行くか。ホラーかアクションか…って、ジュリアスは心臓は大丈夫か?昨日、動悸・息切れとか起きなかったか?」
オレはそう言ってから改めてジュリアスの顔を見てびっくりした。とんでもねえ。こんな青い顔のヤツを連れて歩けるか。
「…って、待った!だめだ、ジュリアス。今日は絶対ダメ!そんな青い顔して歩き回ったら周りに迷惑だ。予定変更!聖地に帰るぞっ!」
「……帰らない…」
「だ〜っ!わがままゆ〜んじゃねえよ!死にてえのか?」
「ゼフェル…」
ジュリアスはそういうと、ゆらり、という感じで立ち上がってオレに近づいて来た。
「な、なんでえ…」
「すまぬ!」
オレは、後頭部にごつんという衝撃を食らったと同時に目の前が真っ暗になった。
「あんにゃろ〜っ!」
オレは、チェックアウト時間を過ぎても部屋から出てこねえのを不審に思ったホテルの従業員によって助け起こされた。
「おい、あいつ…オレと一緒にチェックインした、でっけ〜金髪男!あいつどうした?いつ頃出てったんだ?どっちの方角に行ったかわかるか?」
「あの方でしたら、フロントでお車をお呼びになって、7時ごろお出かけになりました。どちらの方向に行かれたのかはちょっと存じ上げません。」
「ちっ、あのあとすぐってとこかな。あんにゃろう…いったい…!!…待てよ…?」
そう言ってオレは考え込んだ。
「お客さま…?」
「ま…まさか…あいつ…いや、そんな…あいつに限って…」
「お客さま?」
オレは顔を上げると、従業員の肩をわしづかみにしてすげえ慌ててこう訊いた。
「この辺に、崖とか、海とか、湖とか…みっ…身を投げるところみてえのはないか?そ、それとか、深い森とか、林とか…っ」
「はあ…?」
「も…もっ、もういい、今すぐチェックアウトだ!それからオレにも車呼んでくれ!朝、そいつが出てったときと同じタクシー会社で頼む!」
「は、はい。」
あいつ…まさか…まさかとは思うが…いや、でも…考えられねえことじゃねえ。けど、あいつにもしものことがあったらアンジェは…っ!
オレはまだずきずきする後頭部を押さえながら、自分の見込みの甘さを悔いた。
外は曇っていた。今にも雨が降りそうな空だ。光のサクリアがなくなっちまったせいかな…まだ影響が出るには早いかな、と思いつつもオレはそんなことを考えながら森の中を歩いていた。
ジュリアスはまだ見つからねえ。どこに行ったのか見当もつかねえ。ただなんとなくオレは、そのホテルから一番近い、自然の豊かなところに来て見たんだ。
ジュリアスが何を考えてるのかは知らねえが、あいつが無機質に囲まれたところが好きだとはあまり思えねえ。…オレは好きだけどな。で、タクシーの運ちゃんに訊いてみたら…結局ジュリアスを乗せた車はその時点でわからなかったんで参考にならなかったけど…近くに大きな観光用の城が、森に囲まれて建っているという話だったんで、そこに行ってもらったわけだ。
木立の隙間から白亜の城が見える。何でも、このあたりを治めていた領主だった貴族の建てた城で、もう100年くらい前に手放されて、観光用に改装されたらしい。
(貴族の城、か。…ジュリアスもガキの時分にはこんな城に住んでやがったのかな。まったく、想像もつかねえ生活だぜ。こんなとこで暮らしてたヤツがいるなんてよ。)
オレはこういう城で生まれ育って、あっという間に聖地に放りこまれたジュリアスのことを昨日から何度も何度も考えてる。ジュリアスは守護聖になるために生まれたつもりだから気にしてねえみてえだけど、守護聖になるために生まれたヤツなんているもんか。
いや、生まれたときそう言う運命とか遺伝子とかそう言うもんを持ってたかも知れねえ。だけどオレだってそういうもん持って生まれて来たわけだけど、もちろん全然そういうつもりはなかった。ジュリアスだって普通の家に生まれてたら……。
結局親の見栄とか、都合とか…そんなもんに踊らされてただけじゃねえのか?
そして力を吸い取られて、お払い箱になって、右も左もわからねえ世間に…生まれてから幾つも時代の変わっちまった世間に…たった一人で放り出される。
…いや、うまく行ったらアンジェと一緒かも知れねえけどな…。
ま、とにかくジュリアスは今、そう言う現実を…今がその時でなくてもいつかは必ずそうなる現実を…どんな気持ちで眺めていやがるんだ?
オレはなんだか悲しいんだか悔しいんだかわかんねえけど、涙が出て来た。
「ちっくしょ〜っ!どこにいやがるんだ、ジュリアース!」
オレは声の限りに叫んだ。
と、その時。オレの右足はなんだか柔らかく弾力のあるものを踏んづけ、左足でそれに蹴躓いて転んだ。
オレはいやな予感がしてごくりと息を飲み、ゆっくりとその踏んづけたものを見た。
木漏れ日が差し込む柔らかな森の下草の上に、金の糸が散らばっている。
「ジュリアス…」
オレはゆっくりと、その横たわるものに手を伸ばした。
TO BE CONTINUED
さあ、急展開。なんて言ってていいのか、私。でもこの文章中に結構な矛盾な表現があって、そこが次回の伏線になってます。
そこはどこでしょう?(とか言って、矛盾だらけだったらどうしよう…(^^;