恋敵・2


「今の…計算だと、明日の朝まで5日…ってとこかな。」
主星は間もなく朝になるところだ。夜が白々と明けてきている。
オレはジュリアスの背中を見ながら歩いていた。門を出てからジュリアスは黙りこくったまんまだ。まあ、いろいろ考えているんだろうけどな。
「おめえの…サクリアだけどよ…。オレは知らねえけど、オレの前の鋼の守護聖さ、あれも突然サクリアがなくなったクチじゃねえのか?あの時と比べてどうなんだ?」
「……あの時とは…違う。あの時は…急激ではあるが、それでもサクリアがなくなるまで、少しは時間があった。今回のような朝目覚めたら突然、というのとはまったく違う。」
ジュリアスは、事実を噛み締めるようにぽつりぽつり、けど語尾をぼかしたりしないで静かにはっきりと話している。
「それにあの時は彼のサクリアが弱まるのと同時に…次の、つまりそなたのサクリアが強く感じられた。…そう言う意味でもあの時とは違う。」
「ふうん。じゃ、やっぱり一時的なもんじゃねえか?だってよ、このままじゃ、マジでヤバいじゃん。光のサクリアったら、この宇宙では一番大切な力だろ?それがなくなるなんてこと、あっちゃなんねえよな…。」
「…一番大切も何も、九つのサクリアと陛下のサクリアがあって初めて宇宙は成り立っている。どれが大切で、どれが大切でないと言うことはない。」
ジュリアスの言葉は、別にオレに気を遣っているわけじゃなさそうだ。オレはちょっとまじめにサクリアのことが知りたくなった。そのうちルヴァにでも聞いてみようかな。
「……ま、なんにしろ、このままじゃヤバいってことだ。」
「そうだな。だがきっとこのままでは終わらぬだろう。ごく近いうちに私の後継者が現われるか、私にサクリアが蘇るか…どちらかになるはずだ。」
「…そっかあ。けどよ、オレはきっとジュリアスはまだ守護聖を続けられるような気がするぜ。…なんとなく…だけどよ。」
ジュリアスは立ち止まってオレの方を振り返り、朝日を背中に浴びながら少し笑った。
「そなたの心遣い、感謝する。そなたが共に来てくれて、本当に嬉しく思うぞ。」
ジュリアスにまともに誉められて、オレは顔が熱くなった。もっとも朝日が顔に当たってるんで、多分あいつにゃあバレねえだろうけどな。
「べっ、別に心遣いとかなんとかじゃねえよ。ほんとにそう思っただけだぜっ。」
ふと気がつくと、ジュリアスの背中越しに、聖地に一番近い街の入り口とも言える大きな建物が見えている。そうだ、まずは腹ごしらえだな。
「ジュリアス、街が見えて来たぞ。まずはどっかで朝飯でも食おうぜ。」
ジュリアスは振り返って街を眺めた。どんな気持ちかは知らねえが、本当は食欲なんかないんだろうけどな。でも無理にでも食わないと、こいつ、持ちそうもねえもんな。
「そうだな。どこかいい店は知っているのか?ゼフェル。」
「まあな。…でも、おめえの口に合うかはわかんねえけどな。」
「構わぬ。ここでは好き嫌いなど贅沢は言わぬ。そなたに任せる。」
「よっしゃ、じゃああそこのカフェテラスだな。大丈夫、うまいコーヒーを飲ませてくれっからよ。もちろん、エスプレッソもあるぜ。」
オレはアンジェリークがまだ女王候補の時に、たまたま聖地の商店街で会った事を思い出していた。あいつは嬉しそうにコーヒーカップを選んでいた。ジュリアスの誕生日プレゼントとかいって、エスプレッソ用の小さな上品なカップを一生懸命探していたっけ。
それ以来、オレはジュリアスがエスプレッソが好きだってことを覚えちまった。
アンジェリーク。今頃オレたちがいないことに気づいているだろうか。ま、オレはともかくジュリアスがいないことは当然気がついているだろうな。
…ちぇっ、ジュリアスの奴め。あいつによけいな心配掛けやがって。オレはちょっと、ジュリアスを後ろから叩いてやりたい衝動に駆られた。ま、やんねえけどよ。


「美味い。このように美味いエスプレッソは、聖地でもあまり飲んだことがないぞ。」
ジュリアスは本当に美味そうにコーヒーを飲んだ。少し表は肌寒かったけど、温かい湯気が立ち込めたカフェテラスで美味いコーヒーと焼き立てのパンを食ったら、あいつの気分もだいぶ落ち着いたみてえだ。人間、寒くて腹が減ってるとやる気なくなるからな。暖かくしておなかになんか入れときゃあ、とりあえずなんとかなりそうな気がするもんだ。
ジュリアスにだって、それは例外じゃないみてえで、オレはちょっとおかしかった。
「あいつの淹れるエスプレッソはどうなんだ?ジュリアス。」
オレは純粋な好奇心でそう質問してみた。
「あいつ…とは、彼女のことか?…そうだな…初めは飲めたものではなかったな…。だが、一生懸命淹れてくれたことはわかっているので、辛抱して飲んだ。香りもなにもわからない、ただ苦いばかりのコーヒーもずいぶんと飲んだものだ。」
へえ、エスプレッソって、ただ苦いばかりのコーヒーじゃなかったのか。
「だがさすがにだんだん美味く淹れられるようになって来たようだ。近ごろはだんだん私の淹れたものと差がなくなって来たような気がする。」
「へっ?おまえもコーヒーなんか淹れるのか?」
オレはちょっと意外だった。
「当たり前だ。簡単な朝食の仕度くらいならアンジェリークよりも上手いくらいだ。信じぬと言うのなら、今度馳走してやろう。どうだ?」
「ははっ。そりゃあいいや、今度食わせてもらおうか。」
今度…があるかどうかわかんねえけど、オレたちはそういって笑った。ジュリアスも一生懸命不安な気持ちをこらえながら何事もないような振りをしている。オレはちょっと切なくなった。
「でよ、これからだけど…どうする?」
「そうだな……。まずは、私にできそうな仕事がないか、下調べをしておきたい。」
「へっ?仕事…かよ。だっておめえ、もしあれやめることになっても、退職金やら、年金やら、結構遊んで暮らせるだけ貰えるって聞いたぜ。」
「…確かに何がしかの金は出るはずだ。だが、一生遊んで暮らせるほどあるわけではあるまい。それに遊んで暮らすなど、私にできると思うか?」
オレは驚いた。ジュリアスはそんなことまで考えてたんだ。いや、当然か。まあ、確かに、ジュリアスがごろごろして暮らすなんて似合わねえよな。クラヴィスならともかく。
「ま、そうかも知んねえな。だけどよ、悪ぃけどおめえが汗水流して労働しているとこなんて思いつかねえな。やっぱ、退職金元手にして商売でも…う〜ん、それもちょっと難しいか。今の世の中の経済なんてわかんねえもんな。」
「私はなんでもやってみるつもりだが…?」
「いや、努力したっていきなりできることとできねえことがあるぜ。そ〜だな、やっぱ、モデルとか、タレントとか…おめえ見てくれはいいからよ、そういう仕事のほうが向いてるかもな…っていうか、マネージャーとか付いててくれて、いいかも知んねえな。」
「……もでる…と、たれんと?…それはどういう仕事なのだ?」
「……って…そう来たか…。あ〜、やっぱカメラや観客の前で媚び売ってる仕事なんてダメか。う〜ん。そうだ、政治家のセンセイなんて向いてるかもな。うん、今とあまり変わらねえ仕事だしな。秘書も付くし。」
「政治家か…。確かにやることは似ているかも知れぬな。だが、今の世の中を知らぬ私にすぐにできるとは思えぬ。まず何年か社会のことを学んで、慣れてからでないとな。」
「あ〜ッ!めんどくせえ。やっぱおめえ、守護聖が一番合ってるぜ!っつーか、それしかねえよな。だいじょーぶだよ、仕事なんか探さなくてもよ。」
「しかし…いつかは守護聖も辞めねばならぬのだ。今でなくとも、な。」
「ま、そうだけどよ。はあ、今まで守護聖辞めた奴って、いったいなにやってんだろ。カティスとかはなんだか風来坊って感じだけどな。ははッ!」
「カティスか。あれは誰ともすぐ馴染める男だったからな。どこに行ってもうまくいっただろう。…私はそうは行かぬ。…多分、な。」
そうだ、カティスならきっとどこででも上手くやるだろう。けど、守護聖を20年もやってるジュリアスは、当然カティスより昔の人間のはずだ。しかもジュリアスは子供の時から守護聖やってるから、世間知らずにも程がある。なんにせよこいつが今の世の中に馴染むのって、なんだか絶望的に難しいよな。きっとクラヴィスのほうがなんぼかましだと思うぜ。
はあ、カティス今生きてんのかな。生きてるとしたらなにやってんだろ。あいつがいればジュリアスのこと任せられんのにな。
「ここで話してみたところで埒が開かん。まず、とにかく街を歩いてみよう。いろいろな質問をすると思うが、よいな?」
ジュリアスは、だいぶ元気が出てきたようだ。まあ、結構こいつってノリは悪くねえからもしかすると、結構楽しんでるのかも知れねえな。今すぐどうこうしようってんじゃなくっていつかは…あいつと二人で外界で暮らす夢でも見てたかも知れねえしな。
ちぇっ、オレって、結局恋敵の協力させられてんじゃん。オレって結構お人よし?

オレはジュリアスに「練習だ」とか言ってここの勘定払わせてから店を出て、ゆっくり周りを見まわした。
「よし、まず買い物に行くか!ジュリアスのその恰好はダメとは言わねえけど、もう少しラフっていうか、カジュアルっていうか、少しぐらい汚れてもいい服買ったほうがいいぜ。
ま、まずでかいショッピングセンターに行って、売ってる物とか買いに来る奴とか見て、それからファーストフードで昼飯食って、それからどっかパソコン屋でも行って、コンビニで立ち読みでもして、それからイタメシ屋で晩飯食って、居酒屋行ってサラリーマンの愚痴でも聞きゃあ、完璧だろう。なっ!」
「あ、ああ。そなたに任せる。よろしく頼むぞ…。」
ジュリアスはオレの言ってることが半分も理解できないようだったが、そう言わざるを得ないようだった。まあ、悪いようにはしねえから、黙ってオレについて来い、だ。

オレとジュリアスはようやく動き始めた街の中へと歩き出した。


TO BE CONTINUED

なんとか始まった、って感じです。もう、まさに凸凹コンビってとこですね。うふ。
書けば書くほど、ジュリさまって愛しいです。ゼフェルはどんどんいい奴になってくし。さてそろそろ急展開?